闘刃学園(
https://twitter.com/i/moments/1078611881428832256)の先生コンビメインの小説です。
時期的に秀逸は登場しておりません。
※本作品の無断転載・台詞の使用を禁じます。
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闘刃学園【かがりの名前】
かぬち棟師学園の昼休み。
昼食を済ませて職員室の自分のデスクで午後の授業の準備をしていた御厨は、隣の同僚がずいぶんと難しい顔をしてスマホをにらみつけていることに気づいた。
仕事でもプライベートでもそばにいる時間の長いもはや家族のような間柄としてはあまり詮索をしないほうがいいと思っているが、いつもは眠そうにしてる目がどこか困惑しているように見えた。
嫌な予感を覚えて、思い切って声をかけてみる。
「稔、どうした?」
「んー、なんというかですね、こう、めんどくさいというかああもう、どこから話せばいいのやら」
ただでさえボサボサになっている髪をさらに掻き回し、東雲は自分のスマホをデスクに置いた。
こういう言い回しをするときは実際に面倒臭がっているわけではなく、内容に問題があって聞いてしまってはなかったことにするのは難しいというような意味合いであることを御厨は長い付き合いでよくわかっている。
厄介事に巻き込むまいとする彼なりのポーズらしいが、本心としては御厨が聞いても聞かなくても構わないと思っているのだろうといつも感じる。
自己責任の覚悟を決めて、あえて御厨は東雲を一瞥しただけで先を促した。
しかしまず返ってきた言葉は、いつもの軽い口調だった。
「あー、えと、その前に。先輩、怒りません? 怒りませんよね。これくらいで怒るような先輩じゃないですよね?」
「事情を全部聞いてから判断する。お前が決めるな」
「予防線くらい張らせてくださいよ。どうせ怒るときは勝手にマジギレするんだから」
「わかってるならさっさと話せ。時間が惜しい」
お互いに顔も見ずにそれぞれのデスクに向かった姿勢のまま繰り広げられる会話は、賑やかな昼休みの職員室の中で小さくボソボソと行われた。
東雲は腕を組んで唇をとがらせるようにして語り出す。
「ウチのね、転入生の名前が気になったんですよ」
「古手川のことか?」
「そう。古手川かがり」
「珍しい名前ではあるな」
「かがり、ですよ? 先輩は気にならないんですか?」
ちらりと横を見ると、東雲の左目が閉じられていた。こういうときは長い前髪に隠れ気味な右目でそっとこちらを伺っているということを御厨は知っている。
なんともないふりをして、それがどうしたと返した。
すると東雲は目を開いて前を向いたまま指を後頭部で組む。引いた顎が鎖骨のあたりに触れる格好で重々しく言葉を口にした。
「かがり、と聞いて何を連想します?」
「篝火(かがりび)だな」
「俺もはじめそう思ったんですよ。でもね、よくよく考えてみたら『神を狩る』とか『火を狩る』にも通じるんですよ、かがりって」
そんなことかと言いかけて、御厨はふと東雲の鋭い視線とぶつかって思わず口をつぐんだ。
鋭い目だが不思議と強い感情はあまり見えない。普段ののんびりしている姿が霞むほどの力のある視線は、戦闘時や頭脳を総動員で働かせているときに見せるものだ。
彼の言葉がどれだけの意味を含むものなのか、御厨はなんとなくその重要性を思い知った気がした。
「名前の由来を本人に訊いたらですね、よくわからんと。命名したのは父方のじーちゃんだとかで、誰も由来を聞かされなかったみたいです」
「古手川の祖父は?」
「棟師市で生まれ育った人らしいんですけど、なんか海外に行ってしばらく過ごした後、帰国したところまではわかってるんだけど、それから行方不明らしいですよ」
「古手川はもともとこちらに引っ越してくる予定だったな?」
「そうです。ばーちゃんの具合が悪くなったことで東京からこちらに。で、引っ越しを終えて始業式を迎える前に、たまたま三枝のじー様ばー様を助けて顕現したって流れだったそうで。どこまで偶然なんだかよくわからんのですよ」
組んでいた指を外してゆっくりと左手を眺める東雲の様子をちらりと見て、御厨はデスクに両肘をついた。組んだ指に口元を寄せて、ささやくように自分の考えをまとめるためにつぶやく。
「その祖父が古手川の顕現を確信持っていたとは限らないし、そもそも顕現の有無をあらかじめ知る手立てはないはずだ」
「それなんですよねぇ。家族で顕現してるのはかがりだけだって話だし。でもまぁ、剣氣の儀式を孫たちに強く勧めたのはそのじーちゃんらしくて、他にもどうも何かの思惑があって行動をとっているんじゃないかって節があるんですよ」
「ちょっと待て」
「はぃ?」
「それは古手川から聞いたのか?」
「え?」
二人が顔を見合わせた。微妙な間が空いて東雲の目がわかりやすく泳いでる。
すぐに御厨は東雲が予防線を張りたかった理由がここにあると悟った。
「お前、数日前に怪しい外出をしていたな? てっきりまた隠れて牛タンでも食いに行ったのかと思って仏心で見逃してやっていたが」
「仏心!? あんたは俺のかーちゃんですか!? なんで先輩に断りを入れなくちゃならんのです」
「ふざけるな。俺に仕事を押し付けて逃亡しただろうが」
「逃亡って人聞き悪いなぁ」
「誰と会っていた?」
「浮気してませんよ」
「うるさい。そういうのはいいから早く吐け。おおかたその相手から送られたメッセージを読んでさっき難しい顔をしていたんだろうが」
「うわぁ……鋭いっていうか気持ち悪いくらいお見通し過ぎて気持ち悪いです」
「嫌な強調をするな」
観念したようにいつもと同じく背中を丸めて東雲は溜息をついた。ばつの悪い顔をしているのは御厨に対する後ろめたさの現れなのだろう。
彼は顎髭を指で撫で付けつつ口を開いた。
「かがりの兄貴です。東京に残って一人暮らしで出版社に勤めてる」
「兄?」
「名前は大典(だいすけ)。かがりとはちょっと年が離れてていま二十六っていってたかな? 中学入る前くらいまでこっちに住んでたそうですね。だから棟師の風習を多少は知ってるって感じで。じーちゃんのことが気になっていろいろ独自で調べてたみたいです」
「何が目的だ?」
「出版社勤めだからって御山のことをどこかに載せようとしてるわけじゃないみたいですよ。純粋に疑問があるとかで。なんでも古手川家が引っ越しを決めたのは、行方不明のはずのじーちゃんからの電話がきっかけになったそうです」
「本人からの電話だったのか?」
「電話に出たのは大典で、棟師でばーちゃんと一緒に暮らして介護してやって欲しいとだけ言われたそうです。で、実際にばーちゃんに連絡をとったら具合が悪くなってきているということで、引っ越しを決意したと。結局じーちゃんの情報はさっぱりなもんだから大典は不審に思っていろいろ調べ始めて、かがりから学園のことや棟師の話を聞いて、資料をあさっているうちに俺の名前に行き当たったわけです」
「新しめの棟師市郷土誌にはたいてい著者にお前の名前が掲載されているか。郷土史研究者と学園の戦闘訓練講師が同一人物だとよく気づいたな」
「出版社勤めは伊達じゃないって感じですよ。かがりの兄貴というにはえらく対照的ってくらい文系の頭脳労働派って印象です。かがりに俺のフルネームを確認して確信を持ったから、学園に電話をかけてきたんですよ。で、そういう流れで東京からこっちに来るから会って欲しいと」
「わざわざ来たのか」
「ほとんどとんぼ返りだから、あまり長く話ができないってことで連絡先を交換しまして。まぁ、慎重な性格みたいで顔を合わせて信頼に足るかどうかって確認したかったようですね」
「……信頼?」
「ねえ、もっとパートナーを信頼しましょうよ? 俺、そんなに胡散臭い風体してます?」
「してないと言い張れる根拠が俺にはさっぱり理解できない」
「うん、俺もそう思います。いやぁ、よく信じる気になったなぁ、アイツ」
東雲のいつもどおりののんきな言葉に、御厨は軽く頭痛を覚えて額に指を当てて顔をしかめた。
こうも脱線をしていては昼休み内に話が終わらないと判断して、溜息をつきつつ東雲のスマホに視線をやった。
意図をすぐに察して、東雲は指先でスマホの表面を軽く叩く。
「こいつはじーちゃんの旧友の何人かと連絡がつきそうだから話を聞きに行ってくるって大典からの報告です。俺としてはむやみに動くなと忠告すべきか、情報は少しでも欲しいからいいぞいけいけとそそのかすべきか、悩んでるところでして」
「忠告しろ」
「デスヨネー」
「火神の加護でもある剣氣を意図的に与えておいて神狩りや火狩りに通じる可能性のある名前をあえて孫娘に与える祖父……世代的にはことさら命名には気を使うだろうに、まともとは言いがたい。身内のこととは言え一般人が考えなしに首を突っ込んでいいことではないだろうが」
それに、と御厨は言葉を切って鋭い視線を東雲に向けた。それを受けて東雲がまばたきをする。
「お前、どれだけ俺に内緒でいろいろ嗅ぎ回ってるんだ? あくまで俺に介入させないつもりか?」
「……なんのことですか?」
微妙な間の後に東雲はへらっと笑って返す。
御厨の眉間にこれでもかというくらいに深い皺が刻まれた。
今日こそ言おうと口を開きかけるも昼休み終了の予鈴が鳴り、気が削がれて仕方なく口を閉じた。憮然とした表情に東雲はどこか困ったような笑みを浮かべていたが、それ以上は何も言わない。
東雲が単独で何かを調べているらしいということはずいぶん前から気づいていた。
彼は上層部や御山に関して不信感を抱いている節がある。
普段の軽佻浮薄な態度とは裏腹に思慮深く慎重に行動をとっていることは長年のパートナーである御厨にはよくわかる。
しかし、こちらを巻き込むまいと頼ろうとしない東雲のスタンスには内心で傷ついているという自覚があった。
東雲もこちらが目こぼししていることにはとっくに気づいていて、それだけでもありがたいとでも思っているのだろうと感じている。
信頼してくれなどとよく言ったもんだと苦々しく思いつつ、離席しようと立ち上がりかけた東雲の頭に何気なく右手を乗せて軽く撫でた。
目を丸くさせてこちらを凝視する東雲を真剣な表情でじっと見つめる。
「……何かあったら俺を頼れよ?」
小さくささやくように言うと、東雲はそのままの状態で苦虫を噛み潰したような顔になる。
短い溜息をついた後に出た呆れた声は御厨を動揺させた。
「だからなんであんたは素でそういう少女漫画に出てくるイケメンムーブをしれーっとかますんです? 俺はヒロインですか? 先輩にときめきラブキュンしなくちゃならんのですか」
「うるさい。しなくていい」
「これだから思春期に少女漫画を読んで育った乙女思考の持ち主はいででででででででで!」
撫でた手でそのまま東雲の頭蓋を掴んで力を込めつつ、やかましいと言って御厨は力ずくで黙らせる。
剣道と居合一筋の武芸漬けで育って真面目で堅物な性格に見られがちな御厨だが、漫画好きな妹の影響で少女漫画を読んでいたという過去は学園ではあまり知られていない。その上、本人も完全に無意識で現実ではなさそうな漫画やドラマのシチュエーションのような言動をしてしまうという癖があり、東雲がよくその被害に遭っていた。
痛みで東雲が悲鳴を上げると、職員室内で注目を浴びるもいつも仲がいいと微笑ましい顔をされてしまう。
ついさきほどまで腹の探り合いのような会話をしていたなどとは思われていないようだった。
東雲のことだから周囲に悟られないように御厨を怒らせるような物言いをわざとしたのだろうことは長い付き合いで気づいている。
短く息をついて東雲を解放すると、授業に向かうべく教材を手に立ち上がった。
するとこめかみを手で押さえてこちらも見ずに東雲が小さく話しかけてくる。
「あー、まぁ大典にはそれとなーく釘を差しておきますよ。行動力あり過ぎてちょっと心配ではありますしね」
一瞬動きを止めてそうか、とだけこちらも東雲を見ずに返し、御厨はそのまま職員室を出ていく。
戸を閉めた右の手のひらを見つめて、長い溜息をついた。
普段は見えない徴がある右手。
東雲とのつながりがそこにあるはずだが、顕現していないとひどく希薄で信頼感が揺らいでしまう。
解消される気配のないわだかまりがいくらあっても、今まで彼とともに数々の困難に立ち向かってきたという自負がコンビを成立させてきた。
しかし今の東雲には過去のどの困難とも違うある種の嫌な予感を覚える。
何もできないのがもどかしいという思いで、御厨は右手を強く握った。
たまたま近くを通った生徒にその姿を見られ、わかりやすく恐怖した顔をされてしまい、慌てて手を開いてにこやかな顔をする。あまり器用ではない自覚はあるが、生徒がさらに顔をひきつらせて逃げるように去ってしまったのを見送り、引きつった笑顔を崩して長々と溜息をつくのだった。
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まいったなぁと心の中でつぶやきつつ東雲は寝転がった姿勢のまま溜息をつく。
ぽかぽかとした陽気に目がとろけかけているが、気分はさして温まっていない。
学園のグラウンドの端に設置されているベンチに寝そべっている東雲は、職員室での御厨とのやり取りを思い出していた。
グラウンドではボールを三つ使用したドッジボールが行われている。闘刃闘手で分かれて、闘手が内野で複数のボールから逃げるという回避運動の訓練をしているのだ。
というのが東雲の主張で、何も指導もせずにのんびり寝転がって眺めている様はどう見てもサボりにしか見えない。
一年時には基礎体力作りだけをやらせて、二年時にはそれに足して徐々に実践的な訓練を始めていくカリキュラムだが、東雲の授業はあまり専門的な武術訓練は行っていなかった。
どうせ訓練をするのなら楽しいほうがいいというモットーで、果たしてこれのどこまでが訓練なのかよくわからないと生徒に評判のゲームのような授業風景である。
闘手で男子は開路だけなので狙われがちだが、身体能力が飛び抜けているかがりと盾役としての能力が高い静春がうまくカバーに入ってる。体力のない藤花は最低限の動きで回避し、彼女をフォローしながら闘手陣の司令塔である恋がそれぞれに回避運動の阻害にならないようにうまく誘導の指示を出していた。
対して複数のボールを闘手に当てていく闘刃は四人。明らかに三つのボールを扱うには足りない人数なのだが、一つをはがねに持たせて待機させ、タイミングを見計らって投げさせる指示を出していたのは天祢だった。こちらの司令塔は状況判断能力に優れている彼で、はがねと御幸に的確な指示を出している。
外野なのにもっとも動いているのが勇斗で、御幸と天祢から投げられるボールを見事に捌きつつ、時折はがねからの投球も受けて返し、すきあらば自分でも攻撃をしかけるといった八面六臂の活躍ぶりだった。幼い頃から趣味のアウトドアで父親に鍛えられている彼は小柄な体格ながら体力はトップクラスで、素早さを活かしたいい動きをしている。
東雲から指示されるまでもなく、自分たちでこういった役割分担を考えて実行する思考能力を養う目的もある。
それぞれ長所短所を考慮した動きが自然とできるようになってきているのはこうした訓練や共同生活での積み重ねの賜物なのだが、さきほどから続いている開路と御幸の怒号を聞いていると、もはや訓練であることをすっかり忘れて負けたくない一心の意地の張り合いに発展しているようだった。
どうやら掃除当番がどうこうと言っているようで、東雲は理解のある大人の顔をして、それくらいのモチベーションがあったほうがいいかとのんびり思って見逃すつもりでいる。若いっていいなぁと。
東雲と御厨は学園の卒業生だが、学年が違うため同じ授業を受けたことはなかった。
学園生活ではクラスメートと過ごすことが多く、御厨との思い出はコンビを組んでいて特例で受けていた課外訓練と実戦参加、寮で同室だったことのほうが強く残っている。
同年代の中で卓越した戦闘能力を持つコンビゆえに学生当時から特別扱いされて大人に混じってシビアな訓練を受けてきた東雲としては、楽しそうでありつつも真剣に取り組んでくれる生徒たちが羨ましいと感じる。同時に皆で助け合って強くなって欲しいとも思う。
御厨のことを考えると、改めてまいったなぁとひとりごちてしまいたくなった。
学生当時から気づいていたが、御厨は強靭な精神力の持ち主に見られがちである一方で、ひどく繊細な一面を持っている。
確かに戦闘においては強い意志を持っていて、ちょっとやそっとでは揺らがない強さを持っている。
しかし戦闘から離れているときは真面目な性格が裏目に出て、他人の言動を気にしがちな傾向があった。加えて我慢強く抱え込んでしまう性質であるため普段は問題なさそうに見えるが、かなり無理をして戦闘に影響が出ることもある。
そういった点では対照的に精神面で非常に打たれ強い東雲は、さり気なく御厨をフォローしてきた。気負うわけでもなくもともと面倒見のいい性格が自然と彼を支えるようになったのである。そんな東雲のフォローすらも御厨は気にしてしまう。
自分が裏で勝手をしている手前、御厨にべったり甘えてしまうことはできない。ほどほどに甘えさせてもらうことで頼られていると感じて欲しいと願い、東雲は適度に情報をそれとなく彼に伝えるようにしている。
大典の件はそろそろ頃合いだろうと判断して出した情報だ。
全能闘手という東雲たちにとって未知の能力の持ち主であるかがりに関しては、彼女自身というよりも彼女に関わる、もしくは関わろうとしたがる周囲の人間に対してきな臭さを感じている。
一番東雲が危惧しているのは上層部の判断だ。
もともと自分と御厨に対して何か思惑があるらしく、その上にかがりにも目をつけた動きを察している。
職務に忠実であろうとする実直な御厨に腹芸など無理だ。何かあったときに御厨とかがりを守れるようになんとかしなければと東雲は頭を悩ませる。
「にゃんこー!」
「んぁ?」
当のかがりの声が近くで聞こえて、目をつぶって考え事をしていた東雲は我に返った。
気がつくとドッジボールを終えた一同が自分の周りに集まってきていた。
かがりは横になっていた東雲の胸元をきらきらした目で見つめている。
その横でいつもは誰かの影に隠れているはがねが珍しく目を爛々とさせて、にゃんこもふもふにゃんこもふもふ、と謎の呪文を唱えていた。
「にゃんこ? ああ、猫か」
「せんせえ、すごい! 猫マスター?」
ぽかぽか陽気で寝転がっていた東雲の体に3匹の猫がくっついてすっかりくつろいでしまっている。もともと人馴れしているらしく生徒たちが集まってきてものんきに寝そべっていた。
かがりの物言いがおかしかったのか、笑いながら恋が言う。
「東雲先生ってよく動物にたかられてるよねー」
「動物? 猫だけじゃなくて?」
「頭の上にスズメが乗ってたことあるよねー」
「髪が鳥の巣っぽいもんな」
「鳥の巣って言うな」
吹き出しながらしみじみ言う開路に東雲は体を起こしもせずに呆れたように返す。
かがりとはがねが猫を撫でている様子を周りがのんびりと眺めている。しまいには頬杖をついて猫と一緒にくつろいでしまっている東雲に、一同は慣れてるようにそれぞれ会話を交わしていた。
「はがね殿は猫が好きだな」
「好きです! はがねはにゃんこもわんこも好きです!」
「あたしも好きー! でもあんまり触る機会がないんだよ。マンションだったからペット不可だし近所で野良ちゃんとかあんま見かけなかったし」
「おー、いかにも都会育ちって感じだな」
「かがり、御山の中だと野生動物けっこーいるぜ? 実地訓練楽しみだろ?」
「マジで!? すごい楽しみー!」
「……訓練だからなー?」
「御幸はいいの? 猫好きでしょ? 撫でないの?」
「え……だって東雲先生の体にくっついてる猫を撫でるってなんかちょっと……抵抗あるっていうか絵面がダメ過ぎない?」
「おい、俺そんな扱いか? さすがに傷ついちゃうぞ?」
わざと傷ついた顔をすると生徒たちがおかしそうに吹き出して笑う。
胸元の猫を撫でつつ体を起こすと、それでも他の猫たちは離れようとせずにそれぞれ居心地のよさそうな箇所を求めて東雲の体にすり寄ってくる。
猫にはモテモテなんだがなぁとぼやいて頭を掻いてから、改めて一同を見上げた。
本来の職務を気持ちいいほど放棄してちゃんと見ていなかったことを悪びれもせずに東雲は教え子たちに勝敗のことを尋ねた。
すると皆が藤花を注視し、当の本人は恥ずかしそうに顔を赤らめてもじもじとしつつすみません、と小さく謝る。
「ん? どうした?」
「私が内野で最後に一人残ってしまって……」
「あー……」
藤花のその短い説明でおおよその事情を悟った。
試合は内野の全滅か時間切れが勝敗を決する条件だったのだが、名参謀である恋の采配で内野側である闘手陣はあえて藤花が最後に残るように仕組んだのだろう。
体力がなくて苦しそうに一人で逃げようとする姿にボールをぶつけるのは心理的にかなり難しい。なまじ回避能力に優れているからそれなりに強い投げ方をしなければならないし、か弱い印象の強い外見の持ち主である藤花一人に多勢で総攻撃をするというのもなかなか気が引ける。
自分でもそれはやりたくないと思わず東雲は苦笑した。
「えげつねぇ作戦だなぁ」
「あたしのことはいいから藤花は逃げて!ってやれるとは思わなかったー。おもしろかったー!」
「うむ。拙も藤花殿に後を任せたと倒れたときは快感であった」
「静春むっちゃ迫真のなりきりっぷりだったよね。もしかしてけっこーああいうの好き?」
「好きだ。開路殿もノリノリであったな」
「楽しいじゃんよー? ま、直後に勇斗がダメ押しでケツに当ててきやがって台無しにしてくれたけどなー」
「うっせえ! 当たったらさっさと外野に出ろっての!」
どうやら試合中に小芝居が挟み込まれたらしい。
それはそれで見たかったなぁと東雲はのんびり思うが、ちょっと嫌そうに顔をしかめる。
「楽しそうで何よりだけどな。リアル戦闘でそんなのするんじゃないぞ? 俺の管理下でそんなことされたら俺のクビがすっ飛ぶわ」
「うわー、中間管理職のマジトーン怖いわぁ」
「特にお前に言ってるんだぞ? 参謀」
「わかってますってー。マンパワー維持が中核の方針なのにそんなの愚策でしょ」
わかってりゃいいんだけどよ、と返すと、猫も目に入らずこちらを凝視して真剣な表情をしているかがりに気づいた。
「せ、せ、せ……せんせえ、首斬られちゃうの!? ずんばらりん!? ハラキリセップク!?」
「物騒なこと言うなぁ!」
「違うぞ、かがり殿! この場合は介錯だ! 剣の達人が一刀で首の皮一枚残して斬るのだ!」
「おお! タツジン!」
「……いや、介錯の意味は合ってるし、知識としては正しいけど、なんで静春はそうも知識が偏ってるんだ? ていうかそろそろ誰か止めてくれ笑ってないで止めろよお前ら」
「タツジンということは……東雲せんせえの首を仕留めるのは剣の達人の御厨せんせえだ!」
「いやいやいやいやいや!! 待て待て待て!!! なんで俺が御厨先生に首をずんばらりんされちゃうわけ!? 物騒通り越して不吉なこと言うなよ!? あの人、真剣所持者だぞ!?」
「なんか煽ってませんか、それ? ウチの一門、そんな物騒なことしませんから」
御厨と同門出身の御幸が冷めた目でツッコミを入れると、さしもの東雲も乾いた笑みを浮かべてすまんと謝る。
猫と戯れていたはがねがきょとんとしている間に一同が笑い声を上げている。
なんとも緊張感のないメンバーだが、仲がいいのはなによりだ。
東雲は素直に教え子に恵まれたなぁとしみじみ思う。
このメンバーが初めて育てる生徒たちではないが、前に育てた生徒たちのときはまだ不慣れなところがあっていろいろと至らなかった反省を活かしている。いまのところちゃんとついてきてくれていて、それぞれが自覚を持って成長しようと頑張っているのが伝わる。
かがりのことは未知数である上に彼女を取り巻くものの中で何やら不穏なものを感じるのだが、本人は気持ちいいくらいに真っ直ぐでそのまま育って欲しいと思うのだ。
自分を含めた大人の思惑などぶっ飛ばして欲しい。
密かにそんな願いを抱かれていることなど微塵も気づかない様子で、かがりは気持ちのいい笑顔を見せてくれていた。
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「稔……お前というやつは……!」
その日の放課後、職員室に入ってきた御厨に唐突に豪快なアイアンクローを食らって、東雲は悲鳴を上げた。
「んがあああぁぁぁなんですかああぁぁ!?」
「お前は一体何を古手川に吹き込んだんだ!? 俺は人斬り以蔵か!? 死刑執行人か!?」
「あー……」
力なくつぶやくと、凶悪な面構えになっている御厨が東雲を解放した。こめかみを押さえて呻いていると、長々と溜息をつかれてしまう。
「あれでも先輩に敬意があるんですよ。ちょっと言動が幼いからおかしなことになっちゃってるけど」
「ちょっとどころではないだろうが。中学生どころか小学生いや幼稚園児並みだぞ? おまけに野辺まで一緒になって騒いでたぞ」
「静春はほら、あの子、お侍さんだから」
「お前は何を言ってるんだ?」
「あれー? ウチの子たち、おもしろいですよね」
「お前を筆頭におもしろすぎだろうが!?」
なにやら理不尽な怒り方をされて、そのまま長々と説教されてしまう。
他の職員にいつものことだと温かく見守られつつ、東雲はのらりくらりと御厨の怒りをかわすのであった。
怒ってもらえるうちはコンビは安泰だと東雲に思われていることを御厨は知る由もない。
【おしまい】