miz @ohanamiz

2019年12月19日(木) 20:44:05 闘刃学園あらすじ・その1
闘刃学園(https://twitter.com/i/moments/1078611881428832256)のざっくりとしたあらすじです。
一部シーンを挟むような形でざくざくまとめる予定です。

※本作品の無断転載・台詞の使用を禁じます。


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闘刃学園【あらすじ・その1】




 気がつくと西の空が夕焼けの跡をわずかに残している時間帯だった。
 すでに星空が見えている下で、まだ小学校中学年くらいの幼い少年はぼんやりとした顔で遠くの街明かりを見つめている。
 いまいる場所がどこなのか少年にはよくわからない。
 それどころかいままで何をしていたのか、何をしにここまで来たのかすらもわからなかった。
 ただただ呆然としていると、その足元に綺麗な毛並みの白猫がすり寄ってきた。
 我に返って見下ろせば猫は賢しい目で彼を見上げて一声可愛らしく鳴く。
 それから猫はまるで何かを知っているかのように彼の前に歩き出し、数歩先でこちらを振り返りまた一声鳴いた。あたかもついてこいと言わんばかりの様子につられて少年は鈍い動きで足を動かし始める。
 しばらく誘導される形で歩いていると、やがて向こうに人影が見えた。
 おまわりさんだ、と少年は口の中でつぶやく。
 巡回中だったらしい中年の警察官が少年に気づいて近寄ってきた。

「坊や、こんなところでどうしたんだい? このあたりは近づいちゃいけないよって言われてるだろ?」

 言われてこんなところってどこだろうと少年は何も答えずにゆっくりとあたりを見回した。
 様子がおかしいことに気づいたのか警察官は顔色を変えて少年の前に膝をつく。

「もしかして君はシノノメミノル君かい?」

 名前を呼ばれて少年は不思議そうな顔をして警察官を見た。
 自分の名前であることはわかった。
 うんとうなずくと、警察官がたいそう驚いたように目を丸くさせる。
 慌てて連絡を取り始めたのを見てから、少年はゆっくりと背後を振り返り見た。
 星が瞬く夜空に届くように広がる山。その山頂には鳥居の影がある。
 その山から野鳥の声がした。
 思い出したように少年は足元を見るが、すでに白猫の姿は見当たらないのだった。


 この日から少年は自分の世界が変わってしまったことを後に思い知ることになる。




 某県にある棟師(とうし)市という街は特殊な歴史背景と環境を持つ。
 御山と呼ばれる市内にある元鉱山を中心に古くから伝えられる風習があり、山の麓にはその風習を支える主だった組織と施設がまとめられている。
 風習の一つに市内で生まれた子供は御山を護っているといわれる火と鍛冶の神から加護を授かる儀式があり、棟師市で生まれ育った東雲 稔(しののめ みのる)も母親の希望で受けていた。
 他県出身で東雲家に婿入りした父は儀式に対して半信半疑であったが、周囲の同い年の子どもたちも同様に受けていたため流されるように了承したという。
 東雲家にとっての悲劇はすでにそこから始まっていたのかも知れない。
 話には聞いていたものの棟師の風習に懐疑的になりつつあった稔の父は子供が生まれ育つことによってますます精神的に受け入れがたい状況に追い込まれる。
 風習を自然と受け入れている住民たちが理解できず、稔と彼の二つ年下の弟までもがすんなりと馴染んでいく様子に違和感が拭えない自分だけが取り残されていく。
 そんな彼をさらに追い込んだのは、稔の神隠し事件だった。
 当時のことを稔自身はまったく覚えていなかった。
 いつものように遊びに出かけて五日ほど行方をくらまし生存が絶望的と判断されるも、なぜか普段は寄りつかない御山の麓から現れたという。
 見つかった姿は少し薄汚れていたが、怪我もなく体調にはまったく問題がなかった。
 本人は失踪中の記憶がなかったこと以外はいたって健康で以前と変わらない様子で、事情を知る者たちは神隠しに遭ったと噂したのである。しかも悪い揶揄ではなく、御山の麓から現れたことから加護があって無事に帰ってこられたのだろうと好意的に受け取られていた。
 さらに極めつけに神隠し事件後に稔の闘刃顕現が発覚したのである。
 闘刃とは相方となる闘手とともに棟師市に伝えられる儀式を担う役目を持つ。
 その身を刃を持つ武器に変じ、闘手が手にして御山に現れる悪しきモノを鎮めるのだ。
 稔は薙刀に変身することができた。
 近所に同じく薙刀に変じ儀式に長年従事した後に引退している老女がおり、いまでは学童保育施設に赴いて闘刃闘手について指導をする立場になっている。もともと彼女に懐いていた稔は師と仰ぎ教えを受けることになった。
 稔の師匠からいくら説明を受けても真面目で良識的な気質である稔の父にはまったく理解できない。
 周囲も稔を祝う雰囲気であり、大人が子供に戦わせることを強いておいて和やかでいられる神経がわからなかった。
 結局は彼の精神状態を慮って、稔の母親は離婚を決意する。
 息子たちの前では決して父の心の弱さをなじるようなことはなかった。
 ただただ優しすぎたのだと。
 かくして東雲家は母子家庭となる。
 そのことは後に稔の進路に大きな影響を与えることになるのだった。



 中学生になった稔は、性格は優しいが勝ち気な性分であっという間にその地域では負け知らずの喧嘩上手として知られるようになってしまった。
 もともと身体能力が高かったが闘刃として付随する能力が開花し、大人を相手にしても引けを取らない力の持ち主となったのである。
 師の教えが良かったのか性根は真っすぐで、多感な思春期にあって強い反抗心はなく、理不尽に弱者が虐げられるのが許せない強い正義感で力を振るうことがあった。
 師はその正義感がどこかでいびつに捻じ曲げられてしまわないかと懸念して、昔なじみに相談することにした。
 彼は元闘手で剣道場の主であった。棟師市には土地柄ゆえに昔から道場と鍛冶場が多くあり、現代ではその数は減少傾向にありつつも剣道や居合を学ぶ子どもや社会人は多い。
 剣道と居合の達人でもある主に絞られてこいと師は稔を送り込むことにした。
 しかし稔をこてんぱんにのしたのは道場主ではなく、その弟子の一人だったのである。




「聞いてくれよーばーちゃん先生! まただよ! またやられちまった! 悔しい!!」
「あんたはいつまで経っても学習能力がないねぇ」
「違うって! あいつがバカみたいに強いんだってば! おかしいくらい強いんだよマジで! 必勝法一緒に考えてよ!」
「何においても必勝というものはないと教えたはずだがねぇ」
「あいつは俺に必勝してるんだってばー!」

 わめく稔を涼しい顔でなだめつつ彼の師は実年齢の割にシワの少ない綺麗な手で学童保育施設内にある本棚の整頓を続ける。その近くで憤然と椅子に座って難しい顔をしている稔は学校帰りの制服姿である。年齢的に学童保育施設の利用者ではないが、弟がまだ小学生でこちらに来ることもあり、また稔自身も闘刃として師に近況報告や相談することもあってかなりの頻度で顔を出していた。
 最近の稔の関心事は『あいつ』であると師もよくわかっている。
 昔なじみの道場主にしっかりと鍛えてもらおうと思って稔を区を二つほど挟んだところにある道場に送り込んだのだが、意外なところに好敵手が潜んでいたらしい。
 件の人物は稔よりも二つ年上で、名を御厨洸太朗(みくりや こうたろう)という。
 稔が言い出す以前よりも話に聞いたことはあった。昔なじみ自慢の愛弟子らしい。
 愛嬌があって物怖じしないというよりもはや図々しいくらいに遠慮のない気さくな稔と比べたら何もかもが対照的なタイプのようだ。
 真面目で礼儀正しく物静かで剣の道にひたすらストイック。道場以外では試合にも出ずにただ己を高めることに強い執着心を見せるという十代の若者とは思えない堅物の武士のような性格だと聞いた。
 それはさぞかし稔とは馬が合うまいと思ったが、案の定である。どうやら初対面からお互いにずっと喧嘩腰になっているらしい。
 どこか天狗になっていた稔の鼻を派手に折り、不作法を片端から指摘してこれでもかというくらい苛烈に指導されているようだ。稔には当然面白くないだろう。
 しかし文句を言いつつも洸太朗の強さは認めているようだった。
 根は素直ではある。相手の強さを認めてお互いにいい影響を受け合うことに期待するのは稔が持つ彼らしい優しい性格に対する贔屓目があるせいだろうか。
 
「まあ、躍起になって勝たなくてもいいんじゃないかねぇ?」
「なんで!? 勝ちたいよ! 強いヤツに勝ちたいって思うの普通じゃね?」
「いくつになってもあんたは勝ち気だね」
「プライドとかじゃなくてさー……なんかほら、目標? 俺も強くなりたいわけよ。で、御厨に勝てたらむっちゃ強くなった!って実感できるわけで」
「あんたが強くなるうちに向こうも強くなってるんだよ。さて、追いつくかな?」

 言われて一瞬口を開きかけるが、すぐに神妙な顔で稔は唇を尖らせて視線を落とした。どうやらすでに心当たりがあるらしい。
 己の強さの自覚はあっても追いつけるかどうか自信がないのは相手の力量を測ることができるほどには実力をつけている証拠である。その分をわきまえている成長は師にとって喜ばしい。
 本を棚にすべて収めると、優しい笑みを浮かべて小首をかしげた。

「あんたにとって御厨君はいい目標だね。いい先輩を持ったじゃないの」
「せんぱい……?」

 普段は年上相手にも敬語を使うことのない稔が、不思議そうな顔をした。
 それからえらく真面目な顔をして何事か考え始める。
 この一言が稔を変えた。
 洸太朗を先輩と呼び、敬うようになったのである。
 呼ばれた当人は急な稔の心変わりを気味悪そうに思っていたが、礼には礼で返す律儀な性格ゆえに、やがては勝ち気で憎めない後輩として稔の面倒を見るようになったのであった。




 そのきっかけは何気ない稔の一言からだった。
 道場の後片付けを済ませ着替える頃には稔と洸太朗以外はすでに部屋にいなかった。
 二人きりで静かな室内を嫌ってか、稔がいつもと変わらぬ様子で口を開く。

「先輩が闘手だったら、俺、コンビ組みたいって思うのになぁ」
「……何の話だ?」
「最強でしょ!? むっちゃ強くなるに決まってるでしょ!?」
「だからちゃんと話の筋をおって喋れと言ってるだろうが」

 洸太朗が問答無用で中学生離れした握力で稔の頭を掴んで力を入れると、稔が悲鳴を上げた。すでにこのやりとりは二人の中ではお約束となっている。 
 解放されて痛みのあまり涙目になりつつ、稔は肩をすくめて溜息をついた。

「あのね。いないんだそーですよ」
「何が」
「俺のね、パートナーが」

 中学生にしてすでに長身で体の大きな洸太朗が顔をしかめて稔をまじまじと見ている。どこか呆れているような様子に、これは誤解しているなとすぐに理解した稔は慌てて言葉を足した。

「待ってくださいって! 俺が悪いんじゃないってば! もともと長物を扱える闘手って少ないらしくて。ほら、俺は長物の部類に入る薙刀に変化するわけでしょ? 近い年頃でフリーで長物いける闘手が見つかってないんだそうです」
「だからといってなぜ俺が? 薙刀を持ったこともないのに」
「先輩ならすぐ使いこなせますって」
「無茶を言うな」
「そーゆーとこ、ホント謙虚ですよねー。なんかこう、ないんですか? どんな武器でも最強目指してやるとか」
「……闘手はなりたくてもなれるものではないだろうが」
「まあ、そうなんですけどね」

 返しつつも稔はそっと洸太朗の横顔を目に入れて目を瞬かせた。珍しくどこか迷ってるような悩んでいるような微妙な表情をしている。
 らしくないと思って、稔は無遠慮に尋ねた。

「先輩、闘手になりたい?」

 わかりやすいほど洸太朗が体をびくりと反応させて動きを止めた。その顔が図星を指されたと激しく自己主張している。
 再び稔は目を瞬かせる。

「……マジ?」
「…………なりたくてもなれるものではない」

 まるで噛みしめるように同じ言葉を繰り返した洸太朗の口元に無念さが感じ取れた。
 言ってはいけないことを言ってしまったような罪悪感が稔を襲う。
 洸太朗が顔を歪めた。こちらを見た表情はらしくなく気弱に感じてしまう。
 そこに現れていた感情は嫉妬だった。
 それが稔には信じられない。
 真面目で成績も優秀で剣技も秀でていて、大人からも信頼されていて、何もかもが自分よりも上で大人っぽいと感じている洸太朗が、自分の何に嫉妬するというのか?
 信じられなくて言葉を失う稔を見て、洸太朗は表情を改めた。
 冷静さを取り戻したように静かに彼は語り出す。
 幼い頃から道場に通っていた洸太朗は、元闘手である道場主から話をいろいろ教えてもらって闘手への憧れをずっと強く持っていた。
 強さを求める理由はその憧れにもある。
 しかし闘刃闘手は剣氣の加護を受けた中でも一握りの者にしかなれない。それは実力云々が絡んでいるわけではなく、いまだに選ばれる法則性は謎のままだ。顕現しても必ずしも適正があるとは限らず道半ばにして断念することも稀ではないと聞いている。
 だからこそ洸太朗は己をいくら鍛えても鍛えても納得できないのだ。
 どんなに強くなったとて憧れは増すばかりで顕現の気配はなし。
 どうしようもない状態に鍛えることは無駄なことではないかと考えてしまうこともあるのだと彼はやるせない思いを吐露した。
 まさか洸太朗がそんな思いを抱いていたなどと想像もつかなかった稔は強くショックを受けた。
 同時に代われるものなら代わって欲しいとも思う。
 自分が闘刃になったことで父を失ったと思っているからだ。
 母も弟も父のことで苦しんでいることがあるのは確かだ。自分がもし闘刃にならず普通に生活できていたのなら、父も家を出ていかずに済んだのかもしれない。家族みんなで楽しく過ごせていたのかも知れない。
 そして彼はふと幼馴染みの顔を思い浮かべていた。
 黙りこくってしまった稔を気にしてなんと声をかければいいかと逡巡している洸太朗を一瞥し、稔は口の中でつぶやくように小さな声で言う。

「俺の幼馴染みも闘刃闘手になりたいって言ってた……でもそんないいもんじゃないのに」
「……東雲?」
 
 らしくない暗い顔とまるで憎むような低い声色に動揺したのか、洸太朗が焦った顔で稔を覗き込む。何かを耐え忍ぶような表情の稔を見て、洸太朗も顔をしかめる。
 不意に稔が顔を上げた。

「そんなに闘手になりたいですか? どうして? 失うものがあるかもしれないのに?」
「失う……?」
「もしかしたら自分自身の命かもしれない。大事な人かもしれない。それでも? それでも先輩は戦えるんですか?」

 言いながら稔は真剣な顔で洸太朗の二の腕を掴みまっすぐ見上げる。その勢いに呑まれて言葉を失う彼に、なおも続けた。

「強さってなに? なんのために戦うんだ? 先輩くらい強い人でも鍛えることが無駄になるとか考えるのに? どうして続けられるんです?」
「……わからない」
「わかんないのに続けてるんですか? 目標とか最終目的とかないんですか?」
「ない」

 それだけはやけにきっぱりと回答した。
 途端に稔が拍子抜けした顔になる。迫る勢いも霧散して、二人はしばらく無言のまま見つめ合う。
 しばらく水を打ったような静けさに包まれると、やがて洸太朗は真面目な顔で口を開く。

「どこに向かっているかもわからない。それでも強さを求める。求め続けるんだ。到達点を作るなど無意味だからだ。かつての剣豪はひたすら強さを求め晩年においてもその執着心を持ち続けたという。俺もそうありたい。ひたすら強くなりたい」

 あまりにも無謀で無茶で途方もない話に、毒気が抜けた稔はぽかんと口を開けたまま言葉を失う。大言壮語を口にして煙に巻いてるわけではないことはその恐ろしいほど真剣な表情を見て理解していた。
 大真面目にそう考えているのだ。まだ中学生の身で。
 我に返ってようやく出た言葉は偽らざる本音だった。

「……なんていうか……あんた、ホントにバカなんですね」
「失礼なことを言うな!」
「あ、いや、剣術バカってことかな」
「悪かったな!」

 顔を赤らめつつ怒鳴る洸太朗が妙に可愛らしくもあり、そして稔には眩しく感じられた。
 こんなふうに強さを求めるなど考えたこともない。
 一途で真っ直ぐでどうしようもなく一本気で、その心の強さが羨ましくもあった。
 なんとかしてあげたいという気持ちが稔の中で芽生えた。
 何かできないものかともどかしくなってくる思いだ。
 微苦笑を浮かべて彼の腕を離そうとすると、不意に左手がちりっと痛みだす。思わず小さく声を上げて顔をしかめると、洸太朗がどうしたと心配そうな顔になる。鍛錬で痛めたのかと自然な動きで稔の左手を右手で持ち上げると、洸太朗も同じように顔をしかめて声を上げる。
 稔はまさかと口の中で言って洸太朗の右手を開かせた。
 手のひらに稔の左手に浮かぶものと似た形の印が光を帯びて浮かんでいる。稔自身の左手も同様に光っていた。

「東雲……これはまさか」
「そう、です……これが闘刃闘手の徴です」
「しるし……これが……!」

 顔を上気させ感動に震えている洸太朗がいきなり稔の体を力強く抱きしめた。あまりにも唐突なことに驚いて声を上げるが、離してくれる気配はない。感極まってるのか洸太朗は声も出ないままに稔をつぶすかのような勢いで抱きしめていた。
 稔の悲鳴を聞いて何事かと道場主が部屋を覗きに来て、稔が誤解を解こうと必死に説明をしだしたのであった。
 感極まると洸太朗の挙動がおかしくなるのはこれが始まりであったなと稔は後々に回顧する。
 しかしその後、闘手として顕現した洸太朗の適正武器種が長物限定であると判明したとき、彼の顔が曇ったことを付き添いに来ていた稔は見逃さなかった。
 そのときは得意な刀ではなくて残念に思ったのだなという程度にしか考えていなかったが、洸太朗にとっては長く引きずっていく重要な事象となることに、このときの稔は知る由もない。
 



 しばらくしてから稔は近所に住む幼馴染みから呼び出しを受けて彼の部屋へ訪れた。
 幼馴染みの名は手柴 梓(てしば あずさ)。洸太朗と同い年である。
 しかし中学生にしてすでに大人と並んでも大柄に見える洸太朗とは対照的に、身長はそこそこあるがひょろっとした不健康そうな細身で顔色も目つきも悪い。常に猫背でぼそぼそと小さな声で喋り、会話する相手の顔を見ることもなく目元はいつも長い前髪に隠されている。
 そんな外見と愛想など最初から持ち合わせていないとことんマイペースな性格とで、人付き合いが苦手であると安易に予測できるタイプだった。
 が、なぜか稔は幼少の頃からこの幼馴染みと妙に気が合った。梓も稔と彼の弟以外に近所の子供たちと関わりを持つようなことはなかった。むしろ近所の住民のほうが梓を敬遠する節があったのである。
 棟師市において手柴家というのは有名であり重要な家系でもあると言われる。
 手柴家は古くより棟師の大地主であった。農地改革や御山の鉱山としての閉山に伴う影響などを経て現在もなお棟師の土地に影響力を持ち、不動産関連がメインではあるが他の部門も設立していて一族で多角経営をしている。
 梓の実家である本家の邸宅は棟師で最も大きい家であり、住んでいる者も市内では有名である。
 それだけ大きい家ならば近所にあたる住民の子も多いわけだが。邸宅に出入りする梓の友人は東雲兄弟くらいだった。
 友人の少なさは引きこもりがちな梓個人の気質によるものではあるが、実際には手柴家と気安く付き合える者が少ないのも事実である。
 それだけ地域で影響力を持つ資産家ならば、当然近所に済む住民も日常生活において関連企業に何らかの関わりを持つことも多く、手柴を名乗る者に対してはまさしく腫れ物に触るように接するのが暗黙の了解となっていた。
 だが稔はそういう地域的な習慣を知っていても気にせず梓に対しても他の友人と変わらない扱いをしていた。その物怖じしない性格を梓は図々しいと感じつつも好ましいと思っている。
 生来体が弱く外で遊ばない梓とは彼の部屋で本を借りて読んだりゲームをしたりして過ごしている。その日も梓の部屋に通されて、いつものように他愛もない会話をしたりゲームをしたりしていた。
 だがどこか落ち着きのない様子を見せる梓に、察しのいい稔は自分から言い出した方がいいかなと自分を呼び出した件について触れることにした。

「もしかして先輩のこと、話に聞いた?」
「……あぁ」
「そっか。なんて?」
「お前が顕現させたと」
「ざっくりしてんなぁ。なんかそう言われるとちょっと違うような気がする」

 梓は目元が隠れがちで表情がわかりにくいのだが、稔には詳細を求めている彼の雰囲気をなんとなく悟った。無言のときほど梓の強い心情は伝わりやすい。
 顕現にまで至った当時の経緯を簡単に説明する。
 梓はもともと洞察力に優れ頭の回転も早く、少ない情報からもいろいろと察することができる聡い人物だ。
 稔との普段の会話から洸太朗の話は聞いていて、なんとなく人となりは理解していたのだろう。
 話を聞き終わると無言でいる梓が洸太朗に対して好意的に受け止めているのを稔は感じた。
 同情しているのだろうと思う。
 闘刃闘手になりたいと思っている幼馴染みとは梓のことだ。
 そう願う経緯は洸太朗とはまた違った複雑な背景が絡んでいる。
 梓は何かと『手柴家は大罪人の家系だ』という言葉を口にする。
 それは自嘲を込めたものでもあるのだが、実際にはそういう歴史が絡んでいるということを稔は話に聞かされていて知っていた。
 何代か遡ったずいぶんと昔の話で、農地改革以前、士農工商の時代の出来事だと言い伝えられている。
 豪農であり郷士の待遇を受け名字を得た手柴家は御山の儀式にも大きく関与していた。
 ところが儀式に懐疑的で軽んじていた強欲な当主がある年、周囲の反対を振り切って御山に関係する行事の一切に出資を拒むという愚行を犯す。
 そのため儀式がままならぬ状態を招き、当時鉱山として栄えていた棟師の地は鉱石が採取できなくなり、続く悪天候による大凶作で被害が甚大となった。
 当主の弟は横暴な兄を幽閉する決断をし、代わって儀式を再開し凶作の補填をするために財をなげうち被害への施策を講じた。
 それが吉と出たのか未曾有の危機は去り、手柴家は一転して英雄の如き扱いを受けることとなる。
 しかし危機を招いたのは愚行を犯した当主であり、その後弟が家督を継いで驕ることなく戒めとせよと子々孫々に伝えることを命じたのである。
 以降は御山の閉山後も植林事業に乗り出し、地域を棟師と名を改めてもなお繁栄に尽くしたと言い伝えられる。
 そのためか手柴という家は棟師市において英雄視される一方で歴史を詳しく知る者は恐怖の対象とすることもあった。
 いまでこそ周囲から英雄視されるほうが圧倒的に多いのだが、手柴を名乗る者は先祖が大罪人であるという意識を強く持っているらしいと稔は聞かされていた。
 もちろん梓が大罪を犯したわけでもないのに、そのことを強く負い目に感じる必要はないと思う。
 それにどれだけ尽くせば手柴の人たちは赦されると思うのだろうか?
 梓には少し年の離れた兄と姉がいる。彼らは優秀で健康的で人当たりもよく、ゆくゆくは兄が家を継ぎ、姉もそれを支えて手柴家を切り盛りしていくだろうと期待されている。
 その期待の対象に梓はいつだって含まれていなかった。
 体の弱さと内向的な性格で影が薄く、公の場に梓の話は出てこないのが普通となっていた。
 兄も姉も働いて棟師のためになることを心から望んでいる。梓にそのことを強要することもなかった。
 だが、稔は知っている。
 梓にだって手柴家が代々抱いているのと同じように棟師に貢献したいという気持ちがあるのだということを。
 手柴家の血縁内にはいままで闘刃闘手は誕生していない。
 まるでそのことがかつての当主の罪が赦されていない証拠だといわんばかりであった。
 だからこそ梓は闘刃として顕現した稔を気にかけているのだろう。
 稔が洸太朗の顕現を引き起こしたらしいという噂が気になるもの無理からぬことであった。
 そこまで噂になったのには理由がある。
 普段から接触している同士であるにも関わらず、急に顕現を引き起こした例がいままでなかったためだ。
 顕現が成されるのはたいていにおいて初対面や初めて手を触れる相手に限定されてきた。
 それが普通とされていたにも関わらず、稔と洸太朗の件は覆したのである。噂になるのも当然と言えた。
 そのことに梓が希望を覚える気持ちは稔にはよくわかる。
 しかし、顕現しなければ梓が傷つく一方なのだ。
 だが、梓を諦めさせるのも友情かという気持ちもある。
 自分の居所をどうにかしたいという妄執にも近い強い気持ちをなんとか軽減させてやりたいとも思うのだ。
 稔は観念したように左手で梓の細くて頼りない右手を掴んだ。
 見た目通りに華奢で折れてしまいそうなか弱さだ。
 しかし、何の変化はない。
 わかりやすく梓は失望したように言葉を失っていた。
 うなだれてそんなうまい話があるわけがないか、とかすれた声でつぶやく様は痛々しくて見ていられなかった。
 思わずごめんと謝ってしまうと、梓はゆっくりと冷たい手で改めて稔の左手を握り、謝るなと答える。
 梓は潔癖症ではないが人との接触を避ける傾向がある。幼い頃には同級生との接触に関していざこざを引き起こしたことがあるが、たいていは大人が相手の方をなだめてとりなしてしまうことが多かった。普段も人の近くに寄らないようにしていて、稔は彼との距離感を心得ている。
 そんな梓から手を握られるというのは一種の信頼感が見える気がして、稔は思わず顔をほころばせた。




「だいたいさ、アズ兄が闘手とかになったら俺すげぇ心配だよ。そのほっそい体で戦うとか考えらんないや」
「うるさい」

 その後、いつもどおりに過ごして日が落ちてから帰宅する稔を梓が玄関まで送ると、広い三和土で靴を履く間にそんな会話を交わした。
 梓はあきれたような様子で腰に手を当てて幼馴染みを眺めている。一方で稔は自慢げに腕を見せた。

「俺は鍛えてるからなー。背だってまだまだ伸びるしさ。見てろよ? そのうちアズ兄抜くから」
「お前が俺よりデカくなるとか想像できんな」
「……抜くよ……たぶん……できれば……そのうち……」
「牛乳のがぶ飲みはほどほどにしておけ」
「な! なんで知ってんだよ!」
「カマかけただけだ」
「くっそおおぉぉ!!」

 この手の応酬で梓に勝てた試しはない。梓は他人にはめったに見せない小さな笑みを口元に浮かべた。
 それを見て稔は梓も思うところがあるだろうが彼らしく前向きでいようとしてくれるのが嬉しいと素直に思った。
 ふと梓が表情を改めて顔を上げて稔の向こうを見る。家人の帰宅を告げるべく玄関が開かれた。

「稔君か。遊びに来てたんだね、いらっしゃい」
「おかえり。お邪魔してたー。いま帰るところだよ」

 梓の実兄である。梓よりは上背があって体つきもしっかりしている健康的で人好きのする穏やかな顔立ちの好青年だ。仕事帰りらしく上品そうなスーツ姿である。
 笑みを消した梓は小さくおかえりと兄に告げた。弟に対しても笑みを浮かべてただいまと返す。
 梓が家族に対しても距離を取りたがるせいか、周囲からは兄弟は不仲であるように見られがちである。
 しかし稔は知っている。この誰が見ても爽やかに思える兄がなかなかの曲者であることを。

「なんだったらご飯も食べていけばいいのに」
「もう母ちゃん帰ってくる頃だからさ」

 妙に押しが強く稔を引き止めようとしている。粘ろうとする兄に梓はあきれたように無理強いするなと兄を注意した。
 残念そうな顔をする兄を見て、稔はああそうかと納得する。
 彼もまた梓と同様に自分の話を聞きたがっているのだろう。おそらく噂をどこかで聞きつけたかしたのか。
 闘刃闘手の顕現は手柴家の悲願でもあるのかもしれない。
 赦されたがっているのは梓だけではなく、この兄も思うところはあるのだろうなと同情を覚えた。
 梓が少し躊躇しつつも稔に右手を差し伸べる。

「ミノ」
「うん?」

 細い手を見て何を要求されているのかはすぐに察した。
 何をするつもりなのだという兄の前で、稔は微苦笑を浮かべて梓の手を左手で取る。
 やはり何も反応はない。
 手を握る二人の姿を見て、兄はようやく合点がいったがすぐに残念なような顔をした。梓と血縁関係にあるのが不思議なほど非常にわかりやすい反応である。

「これでわかっただろ、兄貴」
「梓が駄目なら僕にも試しに……」
「まあ試すくらいなら」
「よくねぇよ」

 少しムッとしたような声色で梓が握っていた稔の手を引っ張った。その細い手のどこにそんな力があったのかと思うほど強く引っ張られて、三和土の上で稔はつんのめる。咄嗟に彼の体を空いた手で支え、梓は低い声でぼそりとつぶやく。

「兄貴は家のことがあるだろ。これ以上負担なんか増やせねぇよ」
「梓……」

 ぶっきらぼうながら兄を思う梓の気持ちは伝わったらしい。兄は感動で顔を崩した。
 なんだかんだでお互いを思いやっているいい兄弟だと稔はよく知っている。
 梓の細い体を少し頼りにして体勢を整えると、稔は励ますように握っていた左手に少しだけ力を入れた。
 すると、その拍子に洸太郎のときと同じく手のひらにちりっと痛みが走る。まるで静電気を同時に受けたみたいに梓が顔をしかめた。
 まさか、と慌てて稔が梓の右手を開かせると、やはりその手に洸太朗と同じ徴が光を帯びて浮かんでいた。

「どうしたんだ?」
「顕現……しちゃったみたい……」

 呆然とつぶやく稔に、兄弟は言葉を失っていた。
 やがてドサッと音がする。
 兄が鞄を落としてしまった音だった。
 すると顔を赤らめて興奮気味な顔になった彼が両手を握りしめてつぶやいた。

「これは……お赤飯だ……!」

 しばらく言葉を失っていた稔と梓は、ほぼ同時にはぁ?と間の抜けた声を異口同音に上げたのだった。
 翌日、手柴家の身内向けパーティーに招待された東雲兄弟は豪華な食事と赤飯をご馳走されることになる。
 梓が始終恥ずかしそうにそっぽを向いていたのが印象的であった。後に全力でやめろと止めたが、家族が皆してお祝いムードになってしまって阻止できなかったとぼやいていた。
 外向けには梓の存在にあまり触れまいとしている手柴家だが、実は末っ子を溺愛していてその重い愛情が梓には煩わしいのだという。
 仲がいいのはいいことだと稔に言われて複雑な顔をしていた梓だったが、その後に続いた彼の言葉にさらにげんなりした顔になる。
 
「顕現したのはいいけど、どうすんのさ。戦う以前に刀持てる? アズ兄の体質じゃ体力筋力つけるの大変だろ?」
「……言うな」

 長く深い溜息をつく梓に、稔はけらけらと笑って一緒に頑張ろうなーと無責任に言い放つのだった。

 


 洸太朗のときと同様に梓にも顕現を引き起こしたことで噂は一気に広まった。
 ごく少数ではあるが熱心に顕現を求める人物が稔を訪ねることもあったり、面白半分で手に触れようとする者もいたりしたが、一方で手に限らず接触自体を極端に恐れられるケースもあった。
 現代においては闘刃闘手という存在は昔ほど受け入れられているわけではなく、顕現してしまったことを負担に感じる場合もあるのだ。
 洸太朗と梓は望んで顕現を受け入れたが、彼らがかなり特殊な事情の持ち主であるのだと稔は思い知る。
 まるで顕現を伝染させるキャリアのような存在であると認識され始め、拒絶反応を示されることもあったことから、深く考えるようになった。
 この経験や自分の家庭環境もあって稔は後に現代の闘刃闘手が抱える問題に取り組む相談員としても従事することになる。
 そして実際に顕現を引き起こしたのは後にも先にも洸太朗と梓だけであった。
 稔自身ももしかしたらまた引き起こしてしまうのではないかという恐れを抱いていたが、やがて高校へ進学して環境が変わるとその恐れも杞憂となる。
 先に進学した洸太朗と梓から二年遅れて入学したのは『かぬち棟師学園』という棟師の儀式のための学校だ。
 そのため関係者だけが集まる学校と関連施設がまとめられている御山の麓での生活は稔にとっては快適なものであった。
 この頃には洸太朗とコンビを組むことが確定しており、学年が違うのだが例外的に寮で同室になって寝食を共にする。
 その中で実は洸太朗は堅物な性格に似合わず少女漫画を読む趣味があり、実家から送られてきた妹推薦の作品を隠れて読んでいたのが稔にばれて、なぜかそこに梓までもが加わって読書会となるのだった。

「お前ら汚ぇな……なんとかしろ」

 感動で涙と鼻水にまみれながら少女漫画を読む洸太朗と稔に向かって梓がティッシュの箱を投げる。それぞれがティッシュを取って目鼻を拭う様はなかなか滑稽だった。
 梓はもともと漫画も小説もいろいろと読む性分だということで、偏見もなく面白ければ何でも読みたいと思うくちだという。洸太朗の妹の趣味を褒めつついい作品を堪能できてご満悦の様子だった。
 それが洸太朗には意外に感じたようである。

「手柴は漫画を読むイメージがなかったんだがな」
「アズ兄はいろんなの読んでるよなー。小説もいろんなジャンル読むし。それに書くのも――ふご!」

 鍛えられているのは伊達ではなく梓が体の弱そうな外見からは想像できないほど素早く近くにあったクッションを見事なコントロールで稔の顔面に命中させる。洸太朗が物を投げるなと怒鳴るが、涼しい顔をして無視した。
 この頃すでに梓は小説を書いていたが読者は稔だけだった。後に大学生になってからようやくWeb上で公開して作家の道を歩むきっかけとなるのだが、もう少し先の話である。
 洸太朗が梓が小説を書くことを知るのはさらに先の話のことで、後に自分は同期の梓のことを長い付き合いの割に知らないことが多いのだなと述懐することになるのだった。





【その2につづく】


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