https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/depth/00759/
日立製作所が英原子力発電所の建設事業からの撤退を発表した。事業凍結から20カ月。資金繰りのメドが立たない中での撤退は既定路線とみる向きがある。新設は見込めず、手掛けるのは保守・点検のみ。長年培った原発技術の維持が難しくなってきた。
「新型コロナウイルス感染拡大の影響などにより投資環境が厳しさを増していることも考慮し、撤退する判断に至りました」──。9月16日、英国での原子力発電所の建設・運営事業からの撤退を発表した日立製作所。大型プロジェクトからの撤退にもかかわらず、記者会見はなく発表文が配信されただけだった。
それもそのはず。今回の撤退は既定路線とみられていた。日立が英原発事業に参入したのは2012年。英ホライズン・ニュークリア・パワーを買収し、英中部のアングルシー島に原発2基を新設する計画だった。だが総額3兆円規模に膨らんだ資金の調達スキームなどが整わず、経済合理性の観点で厳しいと判断した。19年1月に計画の凍結を発表した日立は、同年3月期に2946億円の損失を計上。撤退の時期を見計らっていた。
英政府はプロジェクト続行を望んでいたが、欧州連合(EU)離脱の混乱が続き、新型コロナウイルスの感染拡大にも歯止めがかからない状況。英国における世間の批判をかわす意味でも、撤退発表はベストなタイミングだった。今後、建設予定地の扱いや原発建設のライセンスを持つ日立の協力体制について英国政府などと話し合っていくという。
日立の原子力発電事業は国内で3つの新設案件を抱えるが、東日本大震災以降は工事が停滞。現在は再稼働に向けた保守・点検サービスが中心だ。売り上げ規模は1500億円程度で、日立の連結全体の2%にも満たない。企業経営の視点では、リスクを最低限に抑えた事業になったと言える。
◆民間企業の手に負えない
もっとも、大きな課題も残る。保守・点検の国内事業だけでは現場の士気低下につながりかねず、技術力の維持も難しい点だ。「現場のマインドセットを壊さないように、年に1度は(原発がある)柏崎や島根を訪れて社員に『君たちの仕事は社会のために非常に重要だ』と伝えている」。英原発撤退発表前の7月、日立の東原敏昭社長兼CEO(最高経営責任者)は日経ビジネスのインタビューで原発事業の苦しい胸の内を明かしていた。
安倍晋三・前政権が進めたインフラ輸出の目玉だった原発。その苦しい事業環境は三菱重工業や東芝も同じだ。三菱重工はトルコの原発建設が中断し、東芝は米原発事業が経営危機となり撤退を余儀なくされた。「リスクが大きく、民間企業の手に負える事業ではなくなっている」(電機大手幹部)
こうした危機感から、19年8月には東京電力ホールディングスと中部電力、日立、東芝の4社が原発の共同事業化の検討で基本合意した。だが、交渉に大きな進展は見られない。
「原発を続けるのかやめるのか、国民を巻き込んだ議論が必要だ」。日立の中西宏明会長や東原社長は数年前からこう訴えてきた。日立の撤退で原発輸出の案件がゼロになり、日本は新設案件で原発技術の蓄積や技術者の育成を進めるというシナリオを描けなくなった。このまま議論を避けていると技術力の衰退を招き、原発に関する将来の選択肢を失いかねない。