さかなのかげふみ @Spia23Tc

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 東京電力福島第一原発事故から間もなく10年。政府が25日、福島県の7市町村に出している避難指示の解除に、除染なしで解除できる方式を新たに加えた。除染より早期の解除を優先した飯舘村の判断が背景にあったが、妥協を強いられた村民の思いは複雑だ。他の自治体も国による除染を求めており、新方式がどこまで広がるかは分からない。

 「国の正式な説明を聞いたうえで、住民の意見を確認し、見定めたい」

 飯舘村の杉岡誠村長は25日、村役場で報道陣の取材に応じ、新方式での避難指示解除を慎重に判断する考えを示した。「除染や避難指示解除はすべて手段でしかない。夢のあるふるさとを実現するため、総合的に判断したい」と述べた。

 村の帰還困難区域は長泥地区の11平方キロ。うち2割弱について、政府は人が住めるように除染する「特定復興再生拠点」とし、2023年にも避難指示を解除する。それ以外は除染や解除の見通しはない。

 今年2月、当時の菅野典雄村長が国に、拠点外の住民から「折に触れてふるさとを訪れることができるようにしてほしい」との声が上がっているとし、地区の一括解除を要望した。

 10年近い避難生活で、拠点外の11世帯の多くは帰還を諦めているという。ただ、長泥地区の住民の一人は、新方式に「全面除染を求めていたので複雑な心境。手放しで喜んでいるわけではないが、受け入れざるを得ない」と語る。

 国は新方式で避難解除の前提として居住を想定していない。一部住民には「できれば戻って住みたい」との声もあり、今後も曲折がありそうだ。

 福島県の帰還困難区域は7市町村、約330平方キロにわたる。飯舘村以外は政府による全面的な除染を求めており、新方式での解除を求める動きは広がっていない。

 隣接する浪江町の同区域は、飯舘村の15倍の約170平方キロにのぼる。復興拠点を除いても、町全体の7割が復興拠点外の帰還困難区域のままだ。第一原発の南にある富岡町は、同区域が幹線の国道6号沿いに広がる。山林が多くを占める飯舘村とは状況も異なる。

 福島県の内堀雅雄知事も「しっかり除染を行い、生活環境を整備しながら解除していくのが大原則」とする。(佐々木達也)


◆計画より遅れた除染、進んだ避難先への定住

 新方式には、今後の除染に消極的な国の姿勢が色濃くにじむ。福島第一原発事故で国は約8万4千人を強制避難させた。本来、その解除に向けた除染は、ふるさとの放射線量をできるだけ早く下げ、住民を安全に戻す重要な政策だった。

 国は線量の高い地域を①帰還困難区域(年50ミリシーベルト超)②居住制限区域(年20ミリ超)③避難指示解除準備区域(年20ミリ以下)に分け、除染と避難指示の解除は②と③を優先した。

 事故から3~4年間は、除染と解除が早いほど住民が帰還した。旧避難指示区域での人口の回復率(7月時点)は、14年4月に最も早く解除された田村市が84%。同年10月解除の川内村は72%。だが、17年に解除した浪江町や富岡町はいずれも10%台と、除染が住民帰還に結びつかなくなっている。除染が計画より遅れて避難が長引き、避難先への定住が進んだためだ。

 この間の除染費用は1兆5千億円を超える。だが、お金をかけて残された帰還困難区域(2万2千人)を全面除染しても「住民の帰還は進みそうにない」と政府関係者は本音を漏らす。だが、除染は法律で「国の責務」とされる。除染の省略が「手抜き」とならないよう、政府には一層の説明責任が求められる。(編集委員・大月規義)
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