嬉野秋彦@お仕事随時募集中 @a_ureshino

2020年12月29日(火) 08:03:59 はじめてのクリスマス 前編
 購買部で買ったコーヒー牛乳をちゅるちゅるすすりながら、ぼく――皆野祐樹は、感嘆の溜息とともにロック・ハワードくんの動きに見入った。
「毎日よく続くなあ……」
 ランチのあと、校舎の屋上で汗を流すというのが、最近のロックくんの日課みたいだ。
 学園の生徒たちといっしょに授業を受けるわけでもなく、だからといって講師や職員としてはたらいているわけでもない、いわゆる“屋上組”と呼ばれている格闘家のみなさんは、その大半が暇をもてあましている。だから、ロックくんが昼休みや放課後にふらりとやってきて勝負を挑んできたとしても、それを断る者はほとんどいない。むしろ大喜びで受けて立つ人ばっかりだった。
 きょうもロックくんは、リョウさんを皮切りに、ジョーさんやリックさん、はてはシェンさんや如月さんといった、「格闘家……じゃないですよね、あなた?」と首をかしげたくなる相手とも激しいスパーをこなしていた。こういうことを毎日のようにやっているわけだから、ぼくみたいに格闘技と縁のない人間は、見ているだけで息切れしてくるような気がして仕方ない。
「でも、雛子ちゃんやシャンフェイちゃんからの挑戦は受けないんだね」
 日当たりのいいフェンス際に陣取り、ぼくらといっしょに観戦していた森沢さんが、どこか呆れたように呟いた。
「それはロックが悪いんじゃない、どっちかというと俺のせいかな」
 フェンスに背中を預けて昼寝をしていたテリーさんが、森沢さんの呟きを聞いて目を開けた。
「――あいつはこれまで俺といっしょにあちこちを放浪するような生活を続けてきたからな。学校にもまともに通ったことがないんだ」
「要するに、可愛いクラスメイトの女の子たちと交流するチャンスもゼロだったってわけさ。そのせいで、あんなシャイな青少年になっちまったらしい」
 ぼくらの隣には、今、テリーさんがふたりいる。最初に答えたほうが三〇代のテリーさんで、そのあとに続いたのが二〇代のテリーさんだ。「あ、テリーさん」と声をかけるとふたり同時に「何だい?」と振り返ってしまうので、名雲さんなんかは、テリボガとテリボガ35なんてぞんざいな呼び分けをしている。
「でもさー、いくら何でもオンナに免疫なさすぎじゃね、ろっきゅん?」
 スマホをポチポチいじりながらそんなことをいう名雲さんこそ、おそらくロックくんが一番苦手とするタイプに違いない。ぶっちゃけ、ぼくもまだ名雲さん相手には身構えちゃうところもあるので、ロックくんの気持ちはよく判る。
「純情スリートップの中でもアタマひとつ抜けてるってゆーか、まだアイドル評論家のみなのんのほうがマシってゆーか……」
「ぼくのほうがまだマシって……ねえ名雲さん、それ、ほめてるの?」
「だいたいよー、礼司は別に純情じゃねーと思うぜ?」
 フライドチキンをガツガツ頬張っていた酉原くんが、直言ギャルの名雲さんに対して反撃の狼煙を上げてくれた。いいぞ、酉原くん! いってやっていってやって!
「――礼司は純情なんじゃなくて、女心が判らねーだけなんだよ」
「は……?」
 ひとり我関せずといったカンジでリフティングを続けていた村雨くんが、ボールを小脇にかかえて酉原くんに何ともいえないまなざしを向けた。
「おい、酉原……それは俺をフォローしたつもりなのか……?」
「あ?」
「確かに俺は女心がどうのということにはうといかもしれないが、ただ、おまえにだけはそんなことはいわれたくないぞ」
「何でだ? だってホントのことだろ?」
「じゃあおまえには女心が判るのか?」
「俺サマに判るとはいってねーだろ!」
 と、厚い大胸筋をほこらしげに誇示する酉原くん。
「酉原くん……そこは威張っちゃダメじゃない?」
「俺サマは事実をいってるだけだぜ? 俺も礼司も女心なんてものは判らねーんだよ。……それの何が間違ってる?」
「……そ、そういわれると否定できないが、なぜか釈然としないな……俺は酉原と同レベルなのか……?」
「確かにイケメンも女心が判るタイプじゃないからねー」
「くっ……」
「つかさー、トリ頭もろっきゅんとスパーやってくれば? ヒマそうじゃん?」
「は? 俺サマのどこがヒマそうに見えるんだ?」
「だってアンタ、さっきからチキン食ってるだけじゃん」
 名雲さんが指摘したように、酉原くんはランチを食べ終わってすぐ、今度は大量のフライドチキンを食べ始めて、いまだに食べ続けていた。どのタイミングでどこから調達しているのか知らないけど、酉原くんはいつもこうやってチキンを食べているのである。
「何度もいわせんなよ」
 また一本、ドラムスティックを骨ごとがりがりとかじりながら、酉原くんはいった。
「――俺サマにとってはメシを食うことがそのままダイレクトにエネルギーのチャージにつながるんだ。要するに、これは不測の事態に備えてるってことなんだよ! 常在戦場って言葉知らねーのか?」
「ものはいいようだな。単なる大食いにしか見えないが」
 とか何とかわちゃわちゃやっているのが耳に入ったのか、額の汗をぬぐっていたロックくんがこっちにやってきて、ふたりのテリーさんに声をかけた。
「ヘイ、テリー! どっちでもいいから俺の相手をしてくれよ!」
「すまん、そうもいかなくてな」
 若いほうのテリーさんは、ハンバーガーの包み紙をくしゃりと丸めてクズかごに放り込むと、年上の自分と顔を見合わせて立ち上がった。
「――あいにく、きょうは配達の仕事が立て込んでるんだ。何しろクリスマスシーズンだろ?」
「おまけにこの国にはオセーボとかいう風習もあるからな」
 テリーさんたちは、ふたりとも地元の運送会社でバイトをしている。いっさい仕事らしい仕事をしない屋上組もいる中では、比較的勤勉なタイプといえるだろう。
「そうか、クリスマスか……」
 ぽつりと呟いたロックくんの全身から、ほかほかと湯気が立ち昇っている。村雨くんは自分が使っていたタオルをロックくんに投げ渡し、
「クリスマスがどうかしたのか?」
「いや……あらためて考えてみると、クリスマスなんてまともに祝った覚えがないなって……」
 どこか寂しそうなロックくんの呟きに、居合わせたぼくたち全員の視線がふたりのテリーさんたちに集中した。
「テリーさん……それってどうなんですか? わたしたち日本人が思ってる以上に、アメリカ人にとってのクリスマスって、すごく大事なイベントなんですよね?」
「あ~あ、ろっきゅんてば可哀相~。要するにさ~、甲斐性のない保護者のせいで、きょうまで暗黒の青春時代を送ってきたってことじゃん? そりゃあ暗黒の血も騒ぎ出すっしょ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 俺のせいじゃないぜ?」
 キャップをかぶった若いテリーさんが、テリボガ35の背中に隠れるようにしていいわけがましいことをいい出した。
「ロックを育てたのは俺じゃなくて……いや、俺には違いないけど、こ、こっちの未来の俺だろ? 俺はまだ無罪だぜ?」
「おいおい、過去の俺がいて今の俺がいるんだ、ひとりだけ潔白みたいな顔をするなよ」
「どっちにしてもテリーさんの責任であることに変わりないんじゃ……?」
「いいっていいって、気にすんなよ、テリー」
 ロックくんは取ってつけたように微笑み、テリーさんたちにいった。
「――俺だっていまさらクリスマスに浮かれるって年じゃないしな。それに、もしあんたが律儀にクリスマスを祝おうなんていい出したところで、結局ターキーを焼くのは俺の役目だろ?」
「そ、それはまあ……」
「いいから、ほら、仕事に遅れるぜ? 急いだほうがいいんじゃないか?」
「ああ……それじゃ、行ってくる」
 どこかバツの悪そうな顔をして、テリーさんたちは屋上から姿を消した。
「まったく……これじゃどっちが保護者か判らないぜ」
 ロックくんは肩をすくめてフェンスに寄りかかり、冷たく乾いた真冬の風に目を細めている。でも、その横顔はどこかさびしげでもあった。
「……ねえ」
 森沢さんが声をひそめてぼくたちにいった。
「ロックくん、あんなこといってるけど、ホントはクリスマスにあこがれみたいなものあるんじゃないのかなあ?」
「判る、判るぜ……! 俺サマだってターキーの丸焼きにはおおいにそそられるしな! 日本のクリスマスじゃなかなかターキーにはお目にかかれねーしよ!」
「森沢はそういうことをいってるんじゃないと思うが」
「ん~、それなんだけどさ~。ちょっちアレ見てよ、アレ」
「え?」
 名雲さんが指さすほうを見ると、仕事に向かったはずのテリーさんが、下の階に通じるドアのところから顔だけ覗かせて、意味ありげにぼくらを手招きしている。
「あれ? 何だろ?」
「あの感じからすると、何か内密の話でもあるのかもしれないな」
 今度は真吾くんとスパーを始めたロックくんを肩越しに一瞥し、村雨くんはぼくらをうながしてテリーさんのところに向かった。
「何なんです、テリーさん? ロックに聞かれたくない話ですか?」
「いや、まあ……ちょっとな」
「と、とにかくちょっとこっちに来てくれよ」
 テリーさんたちはぼくらを連れて階段を降りていった。
「実はおまえたちに頼みたいことがあるんだよ」
「頼み? ぼ、ぼくたちに?」
「ああ」
 もう昼休みも終わりに近い時間だから、学食はがらんとしていて生徒たちの姿もまばらだった。こそこそとナイショ話をするには都合がいい。
 若いほうのテリーさんはジーンズのお尻のポケットから茶封筒を取り出し、ぼくたちに差し出した。
「面倒をかけてすまないんだが、これでロックのやつに、クリスマスパーティーを開いてやってくれないか?」
「えっ?」
 封筒の中身はお金だった。たぶん、ふたりのテリーさんがはたらいて稼いだお金だと思う。でも、ぼくたちは今イチ話が見えなくて、たがいに顔を見合わせてしまった。
「その……だったらテリーさんたちが、パーティーを開いてあげればいいんじゃないんですか? 何もぼくたちに頼まなくたって――」
「それは……とにかく頼むよ」
 テリーさんたちは言葉を濁し、今度こそぼくたちの前から姿を消した。
「うわ、これなら豪勢なパーティーできんじゃん!」
 ぼくが持っていた封筒をかっさらった名雲さんが、ちゃっかり中身を確認して快哉をあげた。
「おい、名雲。いっておくが、それはテリーさんたちから預かったものだからな。勘違いするなよ?」
「は? ウチのこと何だと思ってるわけ? 着服なんかするわけないし」
 名雲さんは唇をとがらせ、封筒を村雨くんに押しつけた。
「よし! じゃあその金で盛大に――」
「却下だ」
「まだ何もいってねーだろーが!」
「おまえのことだ、どうせ盛大にフライドチキンパーティーをしようとかいうつもりだったんだろう?」
「れ、礼司……おまえ、あらたな超人能力に目覚めたのか? テレパシーが使えるようになるとは……!」
「いやいやいや、今のはわたしにも予想できたよ、酉原くん」
 苦笑する森沢さん。
「――でも真面目な話、どうしてわたしたちに頼んだんだろうね?」
「さっぱり判らねーな」
「てかさ~、テリボガが期待するようなパーティーなんて、そもそもウチらに企画できるわけ? みなのん、やれそう?」
 テリーさんといえば陽気なアメリカンを体現したような人だ。だから、あの人が期待するパーティーだって、きっと巨大なピザとクラッカーとダンスミュージックが縦横無尽に飛び交うような――要するに、ぼくみたいな人間とは一生無縁の、ノリノリなパーティーに決まっている。その光景を思い浮かべたぼくは、慌ててぶるぶると首を振った。
「むんっ、む、そ、そんなの無理に決まってるよ! ぼく、『ウェ~イ!』とかいうあの手のノリが一番苦手なんだから!」
「別にテリーさんはそういうノリなんか求めていないと思うが」
「え? もしかして村雨くんには判るの? わたしたちにパーティーのこと頼んだ理由?」
「何となく察せられるという程度だが」
 そういってうなずいた村雨くんの表情も、なぜか今はちょっと沈んでいる。
 そこに、午後の授業に向かうところなのか、ジャージ姿のアンディ先生が通りかかった。
「どうしたんだ、きみたち? そろそろ昼休みは終わりだよ?」
「あ、アンディ先生! ちょうどいいところへ」
 テリーさんの弟アンディ先生なら何か判るかもしれない。そう思って、ぼくたちはさっきのテリーさんとのやり取りをアンディ先生に打ち明けた。
「兄さんがそんなことを……」
「アンディ先生には何か心当たりありますか?」
「というか、テリーさんが求めてるクリスマスパーティーってどういうのなんだ? やっぱターキーは必要だよな? あとはプレゼント交換とかやりゃあいいのか?」
「いや……おそらく兄さんの頭の中には、そういうものはないだろうね」
 そう答えるアンディ先生の表情も、気づけば村雨くんと同じく、どこか沈んだものになっている。
「あの……先生?」
「俺と兄さんが、孤児院の出身だって話は知ってるかな?」
「ああ……はい」
「孤児院には俺たちと同じような境遇の子供たちがたくさんいて、クリスマスといっても、みんなで賛美歌を歌って、いつもより少しだけ豪華な食事が出る程度だった。もちろんパーティーもプレゼントもない」
「でも、おふたりはそのあと、ジェフさんて人に引き取られたって――」
「確かに父に引き取られてからはしあわせだったよ。ただ、決して豊かな暮らしを送れたわけじゃない。父は正義感が強いというか、お人よしというか……誰かが困っていたら、手を差し伸べずにはいられないような人だったからね。生活は苦しかった。とにかく、幼かった頃の俺たちにとっては、クリスマスパーティーなんて望むべくもなかったんだよ。だからたぶん兄さんには、子供が喜ぶようなパーティーがどういうものか、よく判らないんじゃないかと思う」
「え……?」
「孤児院時代にも、父と暮らしていた頃にも、クリスマスにきちんとしたパーティーをやったっていう記憶がないんだ。……それに、父との暮らしだって、父がギースに殺されるまでのわずかな間しか続かなかった」
「……!」
 急に放り込まれてきた重い話に、ぼくたちは揃って息を呑んだ。
「そのあと俺たちは、ギースよりも強くなって父の仇を討とうと、それぞれに修行の旅に出た」
「それでアンディ先生は日本に来たんだったよな?」
「ああ。師匠のもとで修行生活に入ったけど、さいわい、ぼくのそばには舞がいてくれた。ジャパナイズされてはいても、子供時代にクリスマスの楽しさを知ることができたんだ。……けど、兄さんは世界中を渡り歩く武者修行の旅をずっと続けていたからね」
「……よくよく考えると、今の俺たちより若い年齢で、誰のサポートも受けずに武者修行の旅をするなんて、すごいというより無茶苦茶だな……」
「う、うん……」
 ふだんのテリーさんは陽気でおおらかで、とにかく器の大きい人だ。でも、こうして過去の話を聞くと、泰然自若としたテリーさんの性格は、少年時代に人知れず経験してきた数々の修羅場によって形作られたものなんじゃないかと思えてくる。何度も命の危機にさらされたことがあるから、少々のことでは動じたりしない。哀しいことやつらいことをたくさん経験してきたからこそ、他人に対して寛容だし、人の痛みにも寄り添える。強い犬は無駄吠えしないというけれど、テリーさんが狼にたとえられるのは、やさしさの中に本当の強さを隠し持っているからじゃないだろうか。
 ぼくがそんなことを考えてしんみりしていると、
「テリボガたちがクリパのことよく判らないって話は判ったけどさ~、そんじゃ具体的にどうすんの? ウチらだってメリケン風のパーティーなんかよく知らないじゃん」
「そこはふつうに日本風でいいんじゃないかな」
 さっきまでの暗い表情を消し去り、アンディ先生は小さく微笑んだ。
「兄さんにとって重要なのは、ロックに楽しいクリスマスの思い出を作ってやりたいってことなんだと思うよ」
「そう……なんですか?」
「おかしな話だけど、俺だって日本のクリスマスしか知らないんだよ。でも、別にそのことを残念だなんて思わない。舞や師匠たちとすごしたクリスマスは、楽しい思い出として今も記憶に残ってるからね」
「そうか……そうかもしれないですね」
 確かにぼくも、家族みんなですごしたクリスマスの夜のことは今も鮮明に覚えている。ウチには大きな暖炉もモミの木もなかったし、みんなでシャンパンを開けて「ウェ~イ!」なんてやったこともなかったけど、だからといって、あの楽しかった記憶が色褪せることはない。テリーさんがロックくんに贈ってあげたいのは、いつになってもふと振り返って笑顔になれるような、そんな思い出なんだろう。

      ◆◇◆◇◆

「――パーティーやるのはいいけどよー、会場とかどうすんだ?」
「うん……それに、これってロックくんにはナイショなんだよね? サプライズってことになると、さらに大変かも……」
 放課後、ぼくたちはまた人気のない学食に集まり、テリーさんに頼まれたパーティーの計画を練り始めた。
 村雨くんはカレンダーを確認し、
「クリスマス当日まであまり時間もないしな……」
「とりあえずさ~、パーティーに必要なモンから考えればよくね?」
「チキンか? だったら俺サマの行きつけの――」
「酉原くん、パーティーに必要な料理はチキンだけじゃないってば」
「未成年にシャンパンはNGだし、日本ならではってことならシャンメリーは欲しいよね」
「あと、やっぱデカいケーキははずせないっしょ」
「ケーキか……今から予約して間に合うものか?」
「……おまえさんたち、甘すぎるんじゃないか?」
「!」
 ぼくたちは額を寄せ合って話し込んでいると、いきなり配膳台のほうから聞き覚えのある声が飛んできた。
「ま、マキシマさん?」
「どうしてモミアゲさんがそんなとこにいるわけ?」
「いや、学食のおばちゃんから、食洗器やらオーブンやら、メンテを頼まれてたんでな。おばちゃんには世話になってるんでね」
 甘いものをエネルギー源にしていると一部で噂の戦闘サイボーグのマキシマさんは、学食のおばちゃんからよく手作りのぼたもちやようかんをもらっている。世話になっているというのはそのことだろう。
「マキシマさん、さっきのはどういう意味だ?」
「ああ、そのままの意味だよ。……この時期のケーキ屋の忙しさを甘く見るなっていってるのさ」
 工具を片づけて配膳台の内側から出てきたマキシマは、学食の椅子をふたつ並べてそこに腰を下ろした。
「おまえさんたち、自分でクリスマスのケーキを予約したことなんかないだろう?」
「そ、そりゃまあ……これまでは親任せにしてたし」
「なら判らないのも無理はないかもしれんが、この時期、人気店ならもうケーキの予約は打ち切ってるぜ」
「えっ?」
「少なくとも俺がチェックしてる店はもう予約がいっぱいだ。まあ、コンビニやデパートのケーキでいいなら問題はないだろうが……」
 甘味の魔王マキシマさんがいうなら事実だろう。何だかよく判らないシステムによってネットワークにも侵入できるマキシマさんなら、お気に入りのケーキ屋さんの予約情報をリアルタイムでチェックしていたとしてもおかしくない。というより、実際にそうしてるに違いない。
「ど、どうしよう?」
「そこはまあ……妥協するしかなくね?」
「ダメだよ、光ちゃん! ケーキはクリスマスの一番の目玉だよ!?」
「いっとくが、チキンを妥協するのだけは許さねーからな?」
「おまえは少し黙っていろ、酉原。そもそもおまえのためのパーティーじゃない」
「何だい? 何やらわけありのようだが?」
「実は……」
 ぼくたちはロックくんのためのクリスマスパーティーについて、マキシマさんに相談することにした。
「そういうことか……あの少年もなかなか苦労してるようだからな。設定上はウチの相棒と同年代のはずなのに、どうしてこうも差が出ちまうのかねえ――」
 苦笑交じりに溜息をもらしたマキシマさんは、ひとつ大きくうなずくと、
「判った、ケーキのほうは俺に任せろ」
「えっ? 今から予約なんて取れるんですか?」
「三つ注文するのも四つ注文するのも大差ないからな」
「……ちょっと待て、マキシマさん。その口ぶりだと、まるであんたはすでにケーキを三つ注文しているみたいに聞こえるぞ?」
「ああ、当然だ」
「三つ!? ホールケーキを三つですか!? い、一応聞きますけど、同じケーキ三つって、実際に食べるやつと、保存用と、万が一のための――」
「そんなアイテムコレクターみたいな買い方をするはずないだろう? 三つとも実食用だ。おいしいスイーツを食べずに眺めるだけなんて冒涜以外の何物でもない」
「判る、判るわ~、それ! ね、エコちゃん?」
「うん、わたしも同意見!」
「そんなことはどうでもいい」
 名雲さんと森沢さんがキャッキャウフフと喜んでいるのを押しのけるようにして、村雨くんはマキシマさんに詰め寄った。
「マキシマさん……あんたまさか、ハッキングみたいな真似をして不正にケーキの予約を入れようとしてるんじゃないだろうな? というか、あんたがすでに注文しているぶんだって、本当に正規の方法で予約したものなのか?」
 それを聞いて、ぼくたちははっと顔を見合わせた。確かにスーパーサイボーグのマキシマさんなら、ネットワークを介して人気ケーキ店の予約状況をチェックするだけでなく、そこに自分の名前をこっそり書き足すことだって可能かもしれない。
 その指摘に、マキシマさんはグローブのような手で膝を叩いて立ち上がった。
「さて、俺はそろそろ作業に――」
「ごまかすな!」
「細かいことをいうなよ、サッカー少年。クリスマスを知らない可哀相な友人のためだ、イエスだろうがブッダだろうが、このくらいのことには目をつぶってくれるさ。ちゃんと金は払うんだしな。ただ……まあ、そのぶんパティシエのみなさんが、ほんの少し残業しなけりゃならなくなるだけで」
「そうはいかない! それはれっきとした犯罪だぞ?」
「ま、そりゃそうだよねー」
 名雲さんは大袈裟にかぶりを振ると、何もない空中を撫でるように手を動かした。
「――はい、モミアゲさんの予約発見、アーンド取り消し完了、と」
「何!? おい、お嬢ちゃん、何てことしてくれたんだ!?」
「だってさー、ウチ、そういうの取り締まる立場だし」
「いや、おまえさんたちが取り締まるのは超人能力を悪用する連中、つまりは怪人だろ? 俺はサイボーグ――」
「でもよ、一般の警察の手にあまる相手なら、俺サマたちの管轄だともいえるよな?」
「うん、そうだね」
「おいおい、勘弁してくれよ……」
「ねえ、ちょっと待って」
 それまで無言で何か考えていた森沢さんが、ひょいと手を挙げた。
「――みんな、小さい頃のことを思い出してみて!」

      ◆◇◆◇◆

 ふつうの人間ならふたりがかりで運ぶような大きな荷物を両肩にひとつづつかつぎ、酉原はマンションの一階と五階とを何度も往復している。パワー自慢のヒーローならではの芸当だろう。
「助かったぜ、エンゲルマスク。まさかこの年の瀬に引っ越し作業が入るとは予想外だったからな」
「ああ。おかげできょうは定時に上がれそうだ」
「この時期は何かと人手不足らしいしな。俺サマも単発で割のいいバイトを紹介してもらえて助かってるぜ」
 ふたりのテリーと言葉を交わしながら、酉原は路上のトラックから降ろした荷物をどんどん運び上げていく。この年の瀬、しかもよりによってクリスマスイブの日に引っ越ししなくてもよさそうなものだが、おそらく依頼人にも何かしらの事情があるのだろう。つねにチキンを大量に確保しておく必要性のある酉原にとって、クリスマス手当にさらに色をつけてもらえるという単発のバイトは、まさにおいしい仕事であった。
「――ところで、この前頼んだ件、大丈夫かな?」
「ああ、パーティーのことか? それなら祐樹たちがうまくやってくれてるぜ。……俺サマと違って、あいつらは何つーか、気配りができるからな」
「それならいいんだが……」
「けどよー、俺サマたちはこの国のガキっぽいクリスマスしか知らねーぜ? ホントにそれでよかったのか?」
「ああ、そこはいいんだよ。要は、ロックが楽しいかどうか、あいつにとっていい思い出になるかどうかってことだからな」
「それなら問題ねーな。とびきり楽しいパーティーになるはずだぜ」
 酉原はにやりと笑うと、外階段の手摺に寄りかかり、どこからか取り出したチキンをもしゃもしゃ食べながら、
「……セクレト、聞こえるか?」
『はい、酉原さま』
「こっちは順調、時間までには仕事も終わりそうだぜ。――祐樹たちのほうはどうなってる?」
『トラブル発生中ですが、充分に修正可能です』
「トラブル?」
『想定外の怪人の出現ですが、村雨さまは修正可能だと』
「そうか。あいつがいうなら問題ねーだろ。また何かあったら教えてくれ。じゃーな」
「ヘイ、酉原! まさかもうバテたんじゃないだろうな?」
 セクレトとの通話を終えた酉原の背中に、テリボガ35の陽気な声がかかった。
「冗談だろ? チキンを食ってるかぎり、俺サマのパワーは無限だぜ!」
 首をこきりと鳴らし、酉原は自慢の上腕二頭筋をぺしっとはたいた。
 実際、チキンをはじめとしたカロリー源さえ摂取し続けられるのであれば、酉原剛――エンゲルマスクのパワーは尽きることがない。ただ、豪快で大雑把な性格が災いして、気を遣う立ち回りや細かい作業が苦手なだけなのである。
「ま、そういうのは女子連中に任せときゃいーしな」
 酉原のきょうのミッションは、バイト中のテリボガたちに密着し、その終了とともに、ふたりを自分たちのクラスまで連れていくことであった。
                                             ――つづく
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