さかなのかげふみ @Spia23Tc

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGG104MX0Q1A210C2000000/

原子力規制委員会の更田豊志委員長は18日、日本経済新聞の個別インタビューに応じ、東京電力福島第1原子力発電所の処理水に関して、2年程度としてきた放出の準備期間について「設備上の工夫をすれば短縮できる」との認識を示した。処理水がたまり続ければ「廃炉作業を暗礁に乗り上げさせてしまう危険性がある」として、政府による早期決定の必要性を強調した。

福島第1の事故10年を前に個別インタビューに応じた。廃炉作業が続く福島第1は2011年の東日本大震災の影響で、炉心溶融(メルトダウン)事故を起こした。現在も壊れた建屋に雨水や地下水が入り込み、汚染水が1日平均140トン(20年)発生している。

政府は処理水の海洋放出の決定に向けて、関係者との調整を進めている。決定した場合、東電は放出設備を設計し、規制委の審査を受けて、建設する必要がある。ただ、敷地内にある137万トン分のタンクには容量の9割の124万トンがすでにたまっている。22年秋にも満杯になる可能性がある。

更田氏は「(決定から放出までの)準備に2年はかかる」としていたが、「方針決定から実施までの期間は場合によっては削らざるを得ない」と危機感を示した。

東電が放出設備の規模を縮小するなどの工夫をすれば、工期を短くできるという。設備を稼働するには、規制委による審査が必要だが、「規制の手続きには時間はかからないと思う」として1年未満で終わるとの見通しを示した。

22年秋の満杯を回避するには、昨年末までには準備を開始しなくては間に合わない計算だったが、政府の決定が遅れているため着手できていない。更田氏が準備期間の短縮に言及したことで、決定までの猶予ができそうだが、楽観はできない。

足元では放射性物質に汚染した水の発生量は減っているが、降雨量で大きく左右される。東電は浄化設備で主要な放射性物質を取り除いた処理水として敷地内のタンクにため続けている。処理水は放射性物質トリチウムを含むが、基準値以下に薄めて流すことが国際的に認められている。

政府の有識者会議は20年2月に国内で実績のある海洋放出が「より確実に処分できる」とする報告書をまとめたが、方針の決定には至っていない。

今後、廃炉作業で最も重要な溶融燃料(デブリ)の取り出しや使用済み核燃料の搬出に備えて、保管場所を確保する必要があり、処理水の処分が欠かせない。


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更田規制委員長への一問一答は以下の通り。

――福島第1事故から10年がたつ。事故の反省は国の規制や電力会社の安全姿勢に十分生かされたと言ってよいのか。

「新規制基準は事故の反省をできる限り、織り込んで作っており、反省は生かされている。非常に厳しく強化した部分はあるが、十分だとは思わない。十分という言葉は慢心を生むので使わない。10年たって事故の衝撃が薄れてはいないかということを心配している。より優れた安全レベルを追求する意識の維持は、時を追うに従って難しくなっていく」

――福島第1の廃炉は道半ばだ。規制委の事故調査で、2、3号機の上部で放射性物質の高濃度汚染の実態が判明した。政府・東電が掲げる完了目標までの今後20~30年で本当に廃炉を終えられるのか。

「20~30年の数字をぎりぎり詰めることに意味は感じない。廃炉完了と言ったときに、何をもって完了とするのかはそれぞれの定義がある。今、エンドステート(廃炉の最終形)を議論することが福島にとって有益かはよく考える必要がある。事故を起こしていない原発ですら、使用済み燃料の行き先が問題になっている。福島第1の廃炉に伴って出てくるものはもっと大量なので、より難しい議論が待っている」

――福島第1でたまり続ける処理水の処分方針が決まっていないリスクと廃炉への影響をどう見ているか。決定から放出までの準備に2年かかると以前言っていたが、短くできないのか。

「人の健康に与えるリスクの問題はない。廃炉作業を暗礁に乗り上げさせる危険性がある。判断までの残された時間がどんどん短くなっているのは事実だ。東電は放出するにしても少しずつとすでに言っているので、設備上の工夫をすればある程度短縮できるかもしれない。方針決定から実施に至るまでの期間は場合によっては削らざるを得ない。規制の手続きには時間はかからないと思う」

――柏崎刈羽原発でIDカードを不正に利用して中央制御室に入る問題が起きた。再稼働に向けて地元同意などの重要なタイミングでの出来事だった。東電の姿勢をどう見る。

「東電にとって大事な時期で、管理の問題か姿勢の問題か(まだ分からない)。東電は事故の厳しい反省を踏まえ、『私たちは生まれ変わった』と言っている割には、過去を否定するかと言えば、そうでもない。東電が福島第1事故を自らのこととして反省しているのか、運が悪かったと思っているのか。事故直後、『電力会社は国の規制通りにやっていたから、責任は国にある』という声もあった。『自分たちの施設は国が許可を与えたから安全だ』などという意識が変わらないといけない。東電が今なお『最後は国がなんとかしてくれる』と考えているのだとしたら、事故の当事者としての反省をしていないということだ」

(福岡幸太郎、鈴木遊哉)

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