闘刃学園(
https://twitter.com/i/moments/1078611881428832256)のエイプリルフールネタ(
https://twitter.com/ohanamiz/status/1377577756163141634)のその後を語る短い小説です。
※本作品の無断転載・台詞の使用を禁じます。
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闘刃学園【キスの理由】
「俺がお前の傷跡にキスをする理由、か」
難問を投げつけられたという顔をして御厨洸太朗は相棒の横で腕を組んだ。
自分たちの戦場とも言える御山を前に野外訓練場の端に設置されているベンチに並んで座っている。
すでに夕刻という時間帯。周囲からは野鳥の声が聴こえて、彼らの足元にはそこにいるのが当然かのように数匹の猫がそれぞれ思い思いの格好でくつろいでいた。
いつもと変わらない日常風景である。
教職と御役目に従事し、その合間に訓練を行う生活は相変わらずだ。職場もプライベートもほぼ一緒に過ごす二人は訓練もだいたい一緒である。
御役目が非番のため自主訓練を終えてひと休みしていた彼らは、何気ない会話からの流れで少し踏み込んだ内容に触れることになった。
長年にかけて累積されたお互いへのわだかまりは、腹を据えてぶつけ合うことで少しずつ氷解しつつある。
様々な要因が複雑に絡み相互理解の大切さを改めて思い知った二人は、できる限り不和の元をなくす努力が必要であるという結論に至った。その解決策の一つにいままであえて触れずにいたことを口に出す試みをしようという取り決めしている。
ここまでくるのにずいぶんと時間がかかったものだと御厨の横で山を見上げ東雲稔はしみじみ思う。
困ったような顔をして回答に悩んでる御厨を前髪に隠れていないほうの目でちらりと見て辛抱強く待つ。ここで御厨が言葉を濁すということは絶対にないという信頼はある。いまのいままで訊けなかったのはただ自分がこの手の話題を振ることに抵抗があったためだ。
御厨はますます深く眉間に皺を刻んだ。
そんな彼の口から出たのはおおかた予想通りの回答だった。
「理由はない。強いて言えばなんとなく」
「なんとなく」
「視界に入るといたたまれなくなるというか」
「いたたまれなくなる」
「体が勝手に動くというか」
「勝手に動く」
「……明確な答えになってなくてすまない」
復唱されるたびに御厨は首を下に落としていく。これは追い詰めてしまったなと反省して稔はあえて軽い口調でいやいやと慰めた。
「それはそれで先輩なりに立派な理由なんですよ、たぶん、おそらく……もしかすると」
「それで慰めてるつもりなのか?」
「ああいや、なんとなーくそうなんだろうなーと俺もわかってたから」
「わかってた?」
「アズ兄にも確認したんでそういうことなんだろうなーと思ってたんですけどね」
くすぐったいような顔をしつつ稔は指先で己の額にある傷跡に触れた。指先がそっと傷跡に沿って上から下へと辿っていく。
稔のその傷跡は戦闘中に負傷して身動きが取れなくなった御厨をかばってできた傷のものだ。
本人はかばうときに転んで運悪く額を切ってしまっただけだと思っているが、御厨はいつまで経ってもその傷は己の不肖によるものだと引きずってしまっている。
律儀で真面目な彼だからこそ身長差で視界に入りやすいその傷跡を気にし続けてしまうのだろう。
御厨は普段の言動からして理知的で理性的なタイプであると思われがちである。
そうであるには違いはないのだが、少し語弊があるとも言える。
彼には強い信念があり、その信念を支えるのはもはや執念ともいうべき強い感情だ。信念のためならば感情で彼は動く。
この感情を向けている先は『強さ』である。
御厨という人間は常に強さを求め憧れている。いくら鍛えても追いつかない到達点であるとさえ自らが言う。
普段感情で動くように見えないのは、他人からはストイックに鍛錬に励んでいるようにしか見えないためだ。その他のことに関しては彼は理知的であるには違いない。
そんな彼からは想像できない稀におかしな行動に出るのは、この『強さ』から派生しているものであると稔と彼の幼馴染みで御厨の同期でもある手柴梓は知る機会を得ていた。
御厨の途方に暮れそうなほど果てしない強さへの欲求は、彼自身も無意味なことではないかと思うほどのものであるが、その強さは己ではなく他人から支えられているものだと気づいたのである。
その存在とは稔のことだ。
中学時代に出会いお互いに戦って研鑽してきた彼らはそんな結びつきからスタートしている。
同世代には負けなしで通ってきた稔が唯一勝てない相手である御厨を『先輩』と呼んで慕い、御厨はそんな彼に対して期待を裏切らないためにも強くあらねばならないという思いを抱いていた。
そのまま長くコンビを組んで大人になって生徒を育てる立場になっても、二人のその関係性は変わらなかった。
変わらなかったからこそ、刻々と変わっていく彼らの周囲と事情に捻じ曲げられこじれてしまった。
稔は御役目番所上層部が自分をいいように利用しようとしていることを察して御厨を巻き込むまいと裏で動き、御厨は自分の強さを支えてくれる稔を守るべく立ち回ろうとした。
結果、二人は何度も危機や壁にぶち当たり、それでも絆を信じて一緒に進んできた。
「先輩のデコチューとハグは感情を相手に伝えたいとか共有したいというより、どこにどうしたらいいかわからない持て余した強い感情をどうにかする発散行動みたいなもんで。まあつまり、なるほどと膝を打つのと大差ないかなと」
「なんだと?」
「先輩は普段あんまり感情表現しないタイプだから第三者にそういうアクション起こすってことしないし、仲がいいアズ兄はそもそも接触を嫌うタイプだってよくわかってるからやらないわけで。そしたら発散行動をとる相手は俺だけになりますよね」
整然と説明をすると御厨は顔をしかめつつ低い唸り声をあげる。複雑な心情がありありとその顔に浮かんでいた。
そういう反応をするだろうとは稔も読めていた。
洞察力に優れ公私ともに長い時間を共にしてきた稔と梓がそういうのであれば的を射た意見なのだろうという理性的な判断と、いやしかし感情論としては素直に是と認めがたい、そんな複雑な感情が御厨を難しい顔をさせ唸らせている。
結局のところ御厨の回答を裏付ける証言となるわけだが、それでもなんとなく納得しがたいのはおそらく引っかかる言葉があるためなのだろう。
「もしかして発散って言葉が気になるんですか? あんまりいい意味にとらえてない感じ?」
「一方的に感じられてな……実際にそうなんだが」
「たまにツッコミ入れたりするけど、俺としては気にしてないですよ。むしろ慣れすぎちゃったから俺にも責任があるというか」
「なぜお前が責任を感じる必要があるんだ?」
「説明するにはいままで黙ってたことを告白する必要があるかなぁ」
今度は稔のほうが困ったような顔になって片手で後頭部を撫でつけた。
すっかり怪我の後遺症が解消されて裸眼になっている御厨の力ある目がこれでもかとこちらにじりじりと訴えてくる。
言葉はなくとも知りたがっているのが伝わる厳しい視線に稔は短く溜息をついた。
「どうやら俺が特殊なタイプらしいって気づいたんで黙ってたんですけどね。変化中、俺ね、先輩の首に抱きついてるんですよ」
「…………はぁ?」
珍しく御厨が間の抜けた声を上げた。へらっと力なく笑う稔がそういう反応しますよねーと口の中でもごもごとつぶやく。
闘刃である稔はカナヤゴカミの加護により薙刀に変化する。その際には不可視の姿になって実体はないものの体が浮いている状態で身動きを取ることができる。特に加護の力が強い稔は様々な能力を有しており、他の闘刃よりも行動範囲が広くまた繊細な動きも可能だ。
一方で武器を手に戦う闘手は闘刃の姿は見えず声だけでやり取りをするため、相棒がどういう状態であるかはまず把握できない。長年コンビを組んできた御厨も初めて知ることだった。
「初めて会ったときから先輩は俺より背が高くてガタイもよかったじゃないですか。だからね、戦闘中、どういう視点で見えてるんだろうって気になってたんですよ。そしたら一番その視点に近くて安定した体勢になれるのが首に抱き着くという選択だったわけで」
「慣れすぎというのはもしかして……?」
「です。先輩との接触とか顔が近くなるとか慣れちゃったんですよね。まあ人目があるときはさすがに無反応なのもなんだからツッコミ入れますけど。ぶっちゃけ戦闘中で顔とか当然触れ合うなんてレベルすっ飛ばしてめり込むとかフツーにあるんで、もうチューくらいなんとも思いませんよ」
「めりこむ……」
「あ、先輩と俺が重なっても自分が目をつぶるって動作を意識しなければ視界は確保されるんですよ。どういうわけかさっぱりわかんないけど」
「そうか……めり込む……なんとも思わないのか……」
どうやら想定外の事実を打ち明けられて衝撃だったのか呆然とつぶやいていた。どのあたりがショックだったのかよくわからない顔つきをしている。
闘刃の多くは闘手の近くで普段の自分の視点と変わらない状態を維持するスタンスで、稔のようなスタンスはかなり特殊であり他の闘刃ではあまり真似できないらしい。そのようなことを軽い口調で説明するが御厨のショックはまだ抜けきれない様子だった。
「一体どのあたりの何がショックだったんです?」
「……わからない。戦闘中のことだというのにまったく知らなかったことに動揺してるのか、想像してみてもさっぱりわからない自分の想像力の限界に動揺してるのか」
「あんまり動揺してるようには見えない冷静な分析ですねぇ」
「うるさい」
「まあそんな感じなんで、俺が慣れちゃってあんまり反応しないもんだから、特に問題なくそのままって流れになっちゃったのかなぁって。俺としては先輩からハグされたりデコチューされるのは悪い気はしないし、先輩もそうすることで安心できるなら問題ないでしょ?」
「問題ない……で済ませていいんだろうか?」
「問題あります?」
「ない……かな……」
腑に落ちないような確かにこれ以上の議論に意味がないとわかっているような複雑な顔で御厨が首を傾げる。そういうことにしておいてくださいと苦笑しつつ稔が追い打ちをかけると、彼もしょうがないと言わんばかりに目を閉じて長い溜息をついた。
「問題あるとしたらこれから変化のたびに先輩が意識しちゃうだろうなーっていうくらいで」
「それは……するだろうな」
「あんまり色っぽい状態じゃないですよ。どちらかというとしがみついてるみたいなもんで。慣れるのもずいぶん時間かかったもんです」
その言葉に御厨は目を瞠った。真面目な表情で稔をまじまじと見つめている。
変化中の稔への負担は相当のもののはずだ。その中でよりよい状態を保つ努力を重ねてきたのは負けん気の強い彼らしい。
眩しいものを見るように目を細めて御厨は敵わないなとつぶやいた。
「一体どんな状態なのか知りたい好奇心も少しはあるが」
「実践してみて誰かに見られたりなんぞしたら社会的抹殺コースまっしぐらなんでおすすめしないです」
「……あまり考えないようにするか」
「是非」
なんともないような顔をしてしれっと返した稔の膝に白猫が小さくひと鳴きして乗ってくる。そのままもぞもぞと動いて寝そべって安定した体勢になったのか彼の太腿に頭を乗せた。その顔は可愛らしいというよりふてぶてしい。
無抵抗な稔は慣れた手つきで白猫の頭を撫でた。
「話が終わったのかって感じみたいですね」
「もしかして気を遣われたのか?」
「俺には気遣いなんてしないくせに、先輩にはえらく気遣うんですよねぇ。愛されてるなぁ」
そうなのかと猫を見る御厨の顔はまんざらでもないといった感情が見える。稔と同じく動物好きだがなかなか自分から触りに行けなかったり動物の方から忌避される傾向があるだけに、御山の猫たちが自分を気にかけてくれるのは素直に嬉しいのだろう。
稔に撫でられて目を閉じていた猫がそれを開いて御厨を見上げて短く鳴いた。
「なんか慰めてるみたいですよ?」
「それはありがたいな」
「俺のことは慰めるどころか寝心地の良いクッションくらいにしか思われてないのが癪なんだけど」
唇を尖らせて愚痴をこぼす稔の頭を御厨がそっと撫でる。あまりにも自然な動きにいまなにかされたようなというぼんやりとした顔で彼は御厨を見上げた。
「お前のことは俺が慰めてやるからふてくされるな」
「…………慣れてるとはいえそのしれーっと垂れ流される少女漫画的な台詞はホントどうにかなりませんかね? 俺、先輩にときめきラブハートきゅんきゅんしなくちゃいかんのですか?」
「うるさい」
お約束通りに撫でていた手にそのまま力を込めて稔の頭を掴むと悲鳴が上がる。しばらく自慢の握力でぎりぎりと骨を痛みつける御厨は凶悪な顔をしていたが、やがて手の力を緩めるとともに表情も微笑みへと変えていく。
少しずつ少しずつ、変わらないようでいていままで触れられなかったことを口に出してより良く変わっていこうとする二人を見守るように、御山の猫たちはちらりと彼らを見上げてまた思い思いにくつろぐのだった。
【おしまい】