◇この記事について
以下のような経緯があり、現状の考えをまとめて記事を投稿することにした。
・アフガニスタンにおける女性の権利についてつぶやいたところ、それは違うと炎上した
・そしてそれはもっともであると思った
・したがって、考えをまとめて再投稿すると約束し、いったんツイ消し逃亡した
・長文になってしまったので記事を起こした
◇発端
・どのようなことを言ったか
「女性の権利、一応タリバンは20年前から気にはしてて、結局米軍が来て取り組みがうやむやになったっていう経緯はあって、さすがにないとは思うんだけど、将来ジェンダーギャップにおいて俺たちが抜かれる可能性、ゼロではないと思ってる」
「これについては、欧米とかならともかくとして、俺らは上から目線で近代化を求められるほどなのかっていう視点は持っておきたいんだ」
・主な反応
- イスラム法下で女性の権利が守られるわけがないだろう
- この20年間、あの国の女性に何が起きたかわかってなさすぎ
・それを受けての考え
その通りであると思った。その上で、さらに元の発言を読み直してみると、自分の言ったことには「みんなが指摘した以上の問題」があるという結論に至った。具体的には、
- 人権という重要な問題に触れるにあたって、本題と関係ない皮肉が混ざっている
これは、自国のジェンダーギャップ云々について。そしてまた、ここには「尺度の異なる文明の自己決定を尊重しようとしてるのに、欧米の価値基準を用いている」というダブルスタンダードがある。いずれにせよ、自国の問題について語りたいのであれば、こういったやりかたではなく、はっきりと単体で主張すべきであったと思う。
そしてもう一つ、たぶんどうしようもない点がある。
◇たぶんどうしようもない点
問題のツイートには、タリバン統治を前提とした未来への期待が示されている。が、そもそも原理主義勢力による統治は望ましくなくて、こうした考え自体がおかしいという向きは多いと思う。期待はできないという指摘も、過去を鑑みれば否定できない。それについての考えは、だいたいこんなところになる。筆者の「期待」の程度がわかると思う。
「日付が日付なんで静かに考えたいんだけど、どうしてもアフガニスタンが気になってしまうな」(8/15のツイート、以下はそのツリー)
「行ったのは2003年。いろいろややこしいので、率直に感じたことのみ記すとこう。おそらく唯一この国を統治できるのは、残念ながらタリバンであり、そしてさらに残念なことには、それが米軍に掃討されつつあると」
「皆がタリバンを許容できないのはよくわかる。ただ、何があの国にとって真にいいかを考えるのは本当に難しくって、そのことについてはちょっと触れておきたかったんだ」
背景としては、民族が乱立していて国家統合が困難であること、第一次タリバン政権崩壊後の政府に求心力が感じられず、米軍の支えで騙しだましつづけても未来がないと思われたこと。そして現に内戦が激化し、まったく訪問できる国ではなくなり、人権以前の状況がいまに至るまでつづいたこと。恐怖政治とはいえ一応はこの国をまとめたタリバンが掃討されれば、完全な群雄割拠となり、紛争がいっそう長引きかねないとも思えたこと。
実際には上の予想は外れ、タリバンは生き延びた。こうなると、タリバンによる統治が現実味を帯びる。だとして、内戦状態とタリバン統治を比較して、人々にとってましと言えるのはどちらなのか? これに答えを出す資格を持つのは現地の人々であり、筆者にはないと考える。その上で、ひとまずの結論、願いとしてはこうだった。
- とにかく、いつどこで誰が死ぬかもわからない内戦状態が終わること
- 価値観の異なる文明のありように、こちらの基準を押しつけたくはない
- それでも未来において、彼らが国際社会の一員として穏健路線を歩むことを望む
つまりはこういうことなのだ。むろん女性の人権問題は大事であり、そこに異議はまったくない。ただ、だけれども、いまはまだ、「人権より命」の段階なのではないだろうかと。しかし現段階で皆が懸念を示すことや穏健路線を求めていくことは、何も間違っていないと思う。
◇余談、あるいは20年前の禍根
筆者が現地を訪れたのは、第一次タリバン政権崩壊後の2003年のこと。隣国のパキスタンで情報収集をして、難民からも話を聞き、最適なコースを探った。目的地は大仏破壊で知られるバーミヤン。それから、そこに住まう人々、タリバンから長く虐げられたハザラ人と話をしてみたいとも思った。以下、一部のみ記す。
バスから景色を眺めていると、道路の脇に、ときには開けた草原全域に、紅白に塗られた石が置かれていた。地雷を示す目印だ。その合間を縫ってバスが進むので心臓に悪い。首都カブールでは、女性はブルカを着用したままだった。首都も建物は破壊されたままで、インフラも復旧しておらず、汲み置きの水で身体を洗った。たいした食事は望むべくもなく、朝にコーラ一本だけ飲んで終わり、という日もあった。なぜかコーラはあった。
バーミヤン周辺では、滅ぼされたハザラ人の村なども見た。乗り合いタクシーの運転手は「タリバンがいなくなったせいで農地が阿片畑になってしまう」と嘆いた(実際はタリバンも栽培していたと知ったのはのちの話)。その後、アフガニスタンは大飢饉を迎え、中村哲氏が「最悪の状況」と伝えたのもそのころであったと思う。戦火も激しくなり、到底訪問できる国ではなくなってしまった。
薬莢だらけの草地を通り、壊された大仏も見た。でも、それより目を向けるべきだと思ったのは、その麓に住まう、差別を受け、虐殺され、なおも命の危険にさらされているハザラ人の存在だった。欧米メディアは女性の人権問題を訴えており、それは必要な観点であると思ったものの、報道はそればかりで(むろん例外はあったのだろうが)、そのことが皮肉に思えた。
つまりはこう。
欧米メディアの「進歩的な観点」による報道が、あの国の複雑な事情や、その他さまざまにある問題を覆い隠していないか。彼らは、心のどこかで失われていく命を軽んじている面がないか。――これが、問題のツイートへとつながっていく。しかし、そのやりかたはまったく適切ではなかったと思う。