宮内悠介 @chocolatechnica

古地図。すでにわくわくする

当時の生活や家具その他の本

鷗外日記(と黒後家)。でかい

『かくして彼女は宴で語る』という本を今月26日に刊行する運びとなった。
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784344038998(ご予約可能)

これは「牧神に捧ぐ推理」という仮題で『小説幻冬』に連載されていた連作。

簡単にご紹介すると、アイザック・アシモフの『黒後家蜘蛛の会』にちなんで、
毎回会合が催され、謎が持ちこまれ、そして解かれるというもの。
これに「日本最初の耽美派運動」と呼ばれる「牧神(パン)の会」をくっつけた。
北原白秋とか石川啄木とかが出てくるので、きっとおもしろくなるはず!

と、もう一つ。

中心人物は木下杢太郎って人で、ぼくはこの人をめちゃくちゃ尊敬しているのだけど、
なんていうか、功績のわりに知名度が低い。
だから「木下杢太郎を知ってもらい、好きになってほしい!」という原動力がある。

「俺の推しを知ってくれ!」に勝るものはなく、それを止める権利は誰にもない。

そしてこういう人は、知ってもらいたいがために、さまざまに手を尽くすので、
過去の文人とかを知らなくても大丈夫。楽しめるものになっていると思います。

というわけで、要は次の新刊の宣伝なのだけれど(すみません)、
普段ものぐさなぼくが、珍しく長文を起こしたのはなぜか。

それは今回、校閲さんの指摘がとてもおもしろかったから。

校閲さんというのは、著者の原稿を受けて、
事実関係を確認したり、疑問を出したり、誤字脱字を見つけてくれたりする人のこと。

なお著者のなかには校閲を嫌がる人もいて、しばらくそれが不思議だったのだけど、
たぶん、心血を注いで一字一句までこだわったものにあれこれ言われるからだと思う。
ぼくの場合はもう少し適当というか、うっかり者なので、
これまでいろんな場面で、校閲さんに危ういところを救ってもらった。

もちろん、全部を校閲さんまかせにはしない。
どうせなら、校閲さんが「すべてOK!」と親指を立てるくらいのものにしたい思いもある。

とはいえ、今回挑むのは、はじめての明治もの。
明治もの。――いい。
口にするだけで、なんとなくテンションが上がってくる。

でも、それってどうやって書くんだ?

要領のいい人であれば、脳内の「明治もの」のデータベースを参照し、
その枠組みや知識にのっとって書くのかなって思う。
が、ぼくは要領が悪く、過去に読んだものを忘れているので、フルスクラッチで挑んだ。
(フルスクラッチというのは、一から全部やるみたいな意味。)

まず、明治末期の東京市の地図を取り寄せる(画像左)。
発注後、古書店より「ご注文いただいたものと一年ずれていることが判明しました」と連絡があり、
「それではいかぬ」と別の書店より当該年のものを取り寄せた。
完璧だと思ったこの地図が、のちに事件を生む。それについては、またのちに。

そして当時の文化や生活について調べる(画像中央)。
どういうモノやテクノロジーがあり、何年ごろ生まれ、何年ごろ消滅するのか。

たとえば明治末期に「本棚」はあったのか?
……と、こういう段階からいろんなことを疑っていく。
(答えは、なかったけどあった。
専用家具としての「本棚」は明治末期にはなかったものの、
本が棚に並べられた写真などが残っている。)

ほかに、当時の文化風俗についての本や、関係者の記録、
あるいはまったく関係なさそうな本など、
なるべくいろいろな角度から文献を当たる。
ぼくは海外舞台の作が多いので、これはよくやる。
要は、「海外」が「明治」になったわけだ。

そしてパンの会は実際にあった会なので、日付が確定している。

でも、その日の天気とかってどんなだったんだろう?
そうだ新聞のアーカイブ! ……って、高えな!!

これについては心強い援軍がいた。
森鷗外が、日記でその日その日の天候を残してくれていた(画像右)。

実はこれに気がついたのは第二話で、慌てて第一話と照合したところ、
適当に書いた天候が奇跡的に一致していた。
そういうわけで、いまぼくのなかで鷗外最大の功績は、天候の記録である。

ところで、企画を説明する段階で、編集さんにこういう話はしなかった。
なんていうか、めんどくさいやつだと思われそうだからである。

が、何かが漏れ出ていたのだと思う。
おおむね段取りが決まったところで、編集さんが一言。

「締め切りは通常より一週間早めでもいいですか?」

やばい、と思った。もしかすると、時間にルーズだと思わせてしまいそうな何かを口にしていたか。
そうではなかった。

「内容的に、校閲さんに時間を取ってほしいので」

願ってもない!!

――そしてこれが、のちにさまざまな奇跡を生むことになる。

参照した関係者の証言は覆され、
二次史料レベルの定説に疑問がつき、
普通なら確認しようとも思わないだろう箇所が確認されて新事実を生み、
「もしかするとこれ新発見では?」と思えるものまで出てきた。

本気に本気が返ってくるというやつだ。
指摘のなかった回では、一人ガッツポーズを取ったりもした。

前置きが長くなってしまった。

つまりは、この指摘の数々が本当におもしろかったので、
ぜひ皆様にご紹介したい、
そうだ、どうせならベストテンを作って……ということなのでした。
(ベストテンは次の記事から。まだ書いてない。)

と、もちろん校閲さんも神ではないし漏れはある。意図して改変した箇所もある。
そして、この一連の記事自体が間違っている可能性も当然ある。
もし作品を読んで「ここは違う」と気づいたかたがいらしたら、
ご一報いただけると大変に助かります。
……ええと、できれば、こっそりとDMとかで。

次記事(10位)→https://tabtter.jp/diary/6986
1,061views