宮内悠介 @chocolatechnica

啄木紙片メモ(『石川啄木全集 第五巻 日記I』)

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書誌・ご予約:https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784344038998

パンの会を語る上で避けて通れない本に、
野田宇太郎氏の筆による『パンの會』がある。

ほぼ、パンの会の通史にあたると言っていいだろう。

そしてこの本は、一種異様なまでの迫力と熱量で読者をひきこんでくる。
序文から一部引いてみよう。

「何もかもを新しい日本の芸術たらしめようとした坩堝がパンの会であり、その坩堝の強烈な火となつたのがパンの会の人々の青春の情熱(ルビ:パトス)でもあつた。彼等はひたすらに燃え上がつた。時には花火のやうに、時には劫火のやうに。そして自らの焔の色にさへ彼等は酔ひ惚れた。ただ、耽美だけがそこにあつたと云へる。この坩堝からほとばしり出て鍛えられたのが現代文芸の原型である」(旧字→新字、引用者、以下同)

なんだかすごい。ひたすらに、すごい。

落ち着いて考えると、なぜこうまで断言できるのかわからない。
かくいうぼくも、インタビューでパンの会の意義を問われ、
「この坩堝からほとばしり出たのが現代文芸の原型」
とまでは言えなかった。
正直、なんかもっといろんな潮流があったと思う。

でもとにかく、野田さんは信じ抜いている。

そしてやっぱり、この本があったからこそ、
パンの会は見直されたんじゃないかなって思う。

『パンの會』では会の第五回(作中第五話)について、
啄木の日記が引用されたのち、こう書かれている。

「啄木はこの日初めてパンの会に加はり、つひにこれが彼にとつては最初にして最後のパンの会となった」

なんとなくペーソスを感じさせる、いい一文である。
そうだったんだろうなあ、って思わされる。

丸井重孝『不可思議国の探求者・木下杢太郎』にも、
この第五回が「啄木最初にして最後の出席」とある。
これは、『パンの會』の記述をもとにしたものだろう。

したがって、ぼくは第五話に啄木を初登場させ、
章の最後の覚え書きにこのようなことを書いた。

【原文】
石川啄木の最初で最後の出席となったのが、このパンの会の第五回である。

【指摘】
連載第1回には啄木は登場しないので、ママOKですね?
(※「ママOK」は、「修正せずこのままでOK」って意味)

――第一回に、啄木が出席していたというのである。

ぼくは瞬きをした。

この連載は何回目に誰が出るかを先に調べ、
それを念頭に全六章の構成を決めている。

「…………」
「……………………」

「話の前提が変わっちゃうよ!!」

指摘とともに添付された資料は、
まず『群像 日本の作家7 石川啄木』の年表部。
ここに、第一回に参加と書かれている。

もう一つ、啄木の「紙片」(画像)。
当該日に、「夕方かへる。パンノ会」と書かれている。

ううむ。出席したかどうかまではわからない。
夕方帰ったなら行ってなさそうでもある。
もしかしたら、「パンの会ってのがあったらしい」というだけのメモかもしれない。そうだと助かるんだけど。

年表は、きっとこれをもとにしたものだろう。
でも専門家の書くことだから、もっとはっきりした証拠があるかもしれない。

ぶっちゃけわからん!!

野田宇太郎の説はめちゃくちゃ魅力的である。
とりあえず、伝説となっているのはこちらだろう。

例によって例のごとく、野田本に参考文献の記載はない。
熱い人は参考文献を書かない、の法則である。

野田説が正しい可能性も無視できない。

また、伝説には伝説なりの意義があって、事実、ぼくは伝説に惹かれたのである。
「パンの会の人々の青春の情熱(ルビ:パトス)」に。

何よりもである。

「いまから第一回を書き直すのは面倒すぎる!!」

【修正】
野田宇太郎『パンの會』によると、石川啄木の最初で最後の出席となったのが、この第五回ということであるが、これは諸説あるようだ。

まあこんなところだろう。
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