 風船乗りスペンサー。いい味(『浅草十二階』) |
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書誌・ご予約:
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784344038998
本書の第二章では凌雲閣、浅草十二階を扱っている。
こんな感じに、本書はおおむね当時のランドマークやイベントを各章にからめた。
そのほうがお得感があるかなって。
あと単純に、十二階はやっぱりなんだかロマンがある。
少し長いけれど、『浅草十二階――塔の眺めと〈近代〉のまなざし』(細馬宏通)より引用する。
当時の雰囲気がちょっとうかがえる、おもしろい箇所だ。
--(引用ここから)--
凌雲閣こと浅草十二階が紹介されるときに、必ずといっていいほど使われる錦絵がある。
「凌雲閣登覧寿吾六(ルビ:すごろく)」。絵師は三代歌川国貞。描かれたのは明治二三年、十二階が開業した年だ。
この「凌雲閣登覧寿吾六」を見ると、一人、気になる登場人物がいるのに気づく。
落下傘につかまり、上空から悠然と紙吹雪をまいている男。その後ろには気球が浮かんでいる。シャガールの登場人物を思わせる夢のような図像だ。しかし、これは空想上の産物ではない。
男は「風船乗りスペンサー」と呼ばれた。
英国人スペンサーが、気球を用いて初めて東京の空を飛んだのは、奇しくも凌雲閣の開業式の翌日、明治二三年一一月一二日のことだ。
--(引用ここまで)--
英国人スペンサー。なんかいい(画像左)。
そこで十二階を説明するにあたって、こう書いた。
【原文】
風船乗りスペンサーと呼ばれる男が登場したのが、十二階の開業式の翌日のこと。これは、気球で高所に昇ってから落下傘で飛び降りるパフォーマンスを見せた英国人だ。
【指摘】
スペンサーはその前月に横浜公園で興行している(大意)
いやすごいね?!
添付資料を見ると、確かにその通り。
っていうか『明治・大正家庭史年表』って何。
そんなおもしろそうな本があったの。
って、なんでこんな本から証拠をひっぱり出せたの?!
(なお細馬氏の名誉のためにつけ加えると、
細馬本にもちゃんと横浜についての表記はあった。)
と、これは「うむむ」と考える箇所。
「はじめて登場した」なら要修正。
舞台を東京とすれば「登場した」は必ずしも間違ってない。
さてどうするか。
こんなとき、ぼくの基準はこう。
信念を持って書いたのか、うっかりしていたのか、だ。
答えを言うと、ぼくは実際に、浅草十二階の翌日が
スペンサーの初お披露目かなって勘違いしていた。
というわけで、微妙ながらちょっと修正する。
【修正】
風船乗りスペンサーと呼ばれる男が現れたのが、十二階の開業式の翌日のこと。これは、気球で高所に昇ってから落下傘で飛び降りるパフォーマンスを見せた英国人だ。
「登場」という語に「はじめて」感が強いから「現れた」に。
「東京に」の一語を入れれば完全に誤解の余地はなくなるけど、
テンポがあれなのと、情報量が増えて読む負担が上がるのと。
これで勘弁してくれ。