https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE1182M0R11C22A0000000/
台風などで下水道や水路から水があふれ出す「内水氾濫」の浸水想定区域図づくりが進んでいない。自宅の浸水リスクなどの把握に役立つ「内水ハザードマップ」の前提となる地図情報だが、3月末時点で最大降雨を想定した区域図を作製済みの下水道管理者は全体の1割であることが国土交通省の調査で分かった。法改正で下水道管理者に作製が義務付けられたが人手などが重荷で、専門家は国の支援拡大が欠かせないと話している。
8月上旬の記録的豪雨で、建物408棟が浸水被害に遭った山形県飯豊町。同月3日には24時間降水量が292ミリに達し、「浸水被害の7割は内水氾濫だった」と同町の防災担当者は語る。豪雨被害に伴う道路や農地などの復旧費用は70億~100億円に上る見込みだ。
だが町は被災後も想定区域図づくりに着手していない。「田畑が多く、水路が張り巡らされている。防災意識は高めたいが、区域図をつくるために全ての水路を調べるのには膨大な費用と時間がかかる」(担当者)と話す。
国交省によると、18年までの10年間で内水氾濫による浸水棟数は約21万棟。洪水氾濫などによる浸水棟数の約2倍だ。被害総額は20年までの10年で約1.3兆円に上る。近年も台風や集中豪雨の影響で、各地で内水氾濫が相次いでおり、19年の台風19号では浸水被害が15都県で約3万戸に上った。
国は対策を強化するため、21年7月の水防法改正で、最大規模降雨を想定した浸水想定区域図の作製を雨水を処理する下水道管理者に義務づけた。
浸水想定区域図は、自治体などが浸水対策を進める上で必要なだけでなく、地域住民の避難行動につなげるため自治体が公表する「内水ハザードマップ」の前提にもなる。まず区域図を作製し、避難所の情報などを落とし込んでマップをつくるため、内水氾濫対策には欠かせない存在だ。
だが国交省が今年10月にまとめた調査によると、3月末時点で作製済みは105団体。全国に1097ある対象団体の約1割にとどまった。同省下水道部は「特に規模の小さい自治体では職員や財源が限られ、作製が進まない」と語る。
区域図の作製には、最大規模の雨が降った際の下水道管内の流量やあふれた水が地表をどう伝うかなどを解析する浸水シミュレーションが必要になる。過去の浸水実績の収集、地形の特徴、既存施設の排水能力の確認などの事前作業が必要で、職員による現地調査が求められる場合もある。シミュレーション自体は専門業者に依頼する例が多く、委託費の負担も大きい。
必要経費は下水道整備の面積などによって異なるが、今年4月に区域図を公表した愛知県清須市は約1300ヘクタール分の区域図作製に約2000万円がかかった。
国交省は22年、想定区域図の作製費用のうち2分の1を補助する制度を設け、25年度末までに全国800団体が作製を終える目標を掲げる。市町村の防災担当者向けにオンライン説明会を開いたり、都道府県の浸水対策勉強会などに同省下水道部の職員らを派遣したりして啓発や支援に取り組んでいるが、「過去に内水氾濫が起きていない」といった理由で及び腰の自治体もあるという。
東京大大学院の片田敏孝特任教授(災害情報学)は「内水氾濫のメカニズムは河川の氾濫などと比べて複雑で予測が難しい。国や県が専門家を派遣するなど技術面や資金面での支援を一層拡充していく必要がある」と指摘している。
(酒井愛美、勝見莉於)
▼内水氾濫
雨水が下水道などの排水施設で川に排水しきれずにあふれること。下水道の排水能力を超える雨が降ったり、水路が合流する先の河川の水位が上昇したりして、宅地や道路、農地などに水があふれる。
河川の水かさが増えて発生する洪水氾濫とは異なり、▽河川から離れた場所でも発生する▽浸水被害の発生頻度が高い▽被害発生までのリードタイムが短い――などの特徴がある。国土交通省によると、2011~20年の全国の水害被害額の合計は約4.2兆円で、うち3割が内水氾濫による被害だった。