宮内悠介 @chocolatechnica

石井柏亭と磯部忠一、若かりし日の思い出(許可を得て掲載、以下同)

東京勧業博覧会の展示物

百年以上経っても蒸し返される鼎のストーカー的行動

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第1位をどうするかは悩んだ。
ぶっちゃけ「優勝!」みたいな指摘ばかりなのである。

そこで、いっそのこと。

校閲の指摘としては、日の当たらない箇所。
しかしながら、膨大な手間のかけられている箇所――。

すなわち著者の記述が正しいと認められ、
チェック印のつけられた部分を取り上げてみたい。

「なんだよ」とお思いかもしれない。
校閲さんの超絶デバッグの話はこれで終わりかと。

待ってほしい。見てもらえればわかる。
これはちょっと、ただごとではないのだ。

まず、作中に登場する常連の画家、石井柏亭さん。
そして、その印刷局時代の先輩の磯部忠一の思い出(画像左)。

なんてことはない、一緒に写生をしたという回想である。

細かいエピソードだし、まあ普通だったら、
このあたりは著者の創作かなと流してしまいそうな箇所。
ぼくとしても別にそれでかまわない。

で、ここにある無数のチェックマークを見ていただきたい。
これは「確認したよ」という印。
つまり校閲さんはこの箇所を史実と見て、そして確認をした。

一緒に写生をしたこと。五月雨が降っていたこと。
翌週には磯部が誘ったこと。行った先が堀切の菖蒲園であったこと。

このすべてが確認されている。

そして、書いたぼくにはわかる。
この事実確認が、はっきり言って尋常ではないことを。
そしてそれにかかるだろう時間が、膨大であることを。

このチェックをするためには、
まず入手難である石井柏亭の自伝を入手しなければならない。
それを隅々まで読み、あるという保証もない該当箇所を探す。
その上で、細かな点まで相違ないことを確認する。

くりかえすけれど、この話がぼくの創作かもしれないのにだ。

さらにこれは校閲の仕事だから、
ほかの資料もあたり、ダブルチェックをしているかもしれない。

そして――今回の連載は、一事が万事、この調子なのである。

やってくる校正ゲラは、びっしりと全文に及ぶチェック印と、
それから、これまで取り上げたような鋭い指摘だ。

次へ行こう。
東京勧業博覧会というイベントの展示物だ(画像中)。

ありとあらゆる記述がチェックされている。

これをご覧になったかたは、こう思うのではないだろうか。
「こんなのどうやって確認するんだ?」と。

お答えしよう。

これをチェックするためには、まず、明治四十年の博覧会当時、
大量に発行された観光案内を手当たり次第に確認する。
くりかえすが、明治四十年のをだ。
西暦にすると一九〇七年。百十五年前である。

そのなかに、展示物が列挙されているやつがあるので、
それを隅から隅まで読んで、
ぼくが挙げた品がそこにあることをチェックする。

もっと見ていこう。

「巨大な閻魔様の面」が、一度、
「巨大(未)な閻魔様の面(OK)」となり、その後、
「巨大(OK)な閻魔様の面(OK)」となっているのがわかる。

閻魔の面があるのはわかったが、
巨大かどうかまでは確認できなかったので、その旨書いた……
が、その後巨大であることが確認できた、というわけだ。

なぜそれがわかるかというと、この面は絵に残されている。
確認の過程で、それを見つけたということだろう。

ね。くらくらしてきたでしょう。

最後に、パンの会の青春模様の一部、
画家の石井柏亭の妹に山本鼎が恋していたという箇所である。
しかもいまならストーカーっぽいやつ(画像右)。

百年以上を経て蒸し返すのもちょっと気がひけるが(ごめんね)、
一部始終を、これまた校閲さんが容赦なく確認していく。

ソフトウェアには「フルパスチェック」というものがある。
これは簡単に言うと、
「無数のありとあらゆる挙動を洗い出し、すべて網羅し、その全部の動作確認をする」
っていうデスロード。
今回の校閲は、それに近いものがある。

これまで、華のある指摘をいくつも取り上げてきた。
たとえば啄木出席問題。出された酒の種類。吉井勇の歌の数。

でもそれは、こうした地道かつ詳細なチェック――
と呼ぶにはちょっと尋常じゃない、
むしろ、たがが外れたかのような確認作業の上にあるのだった。
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